仁保城は昔は広島湾に浮かぶ島に築かれた山城であり、広島湾北部を制圧する拠点であったと見られています。明応4年(1495)に白井光胤が武田元信から仁保島近海における海上諸公事の徴収権を安堵されており、すでに軍事的な拠点が築かれていた可能性はあるようです。やがて広島湾周辺の権益を求めて争いが勃発し、仁保城は大内氏の支配下に入り厳島の合戦前、天文23年に毛利氏の支配下に置かれました。
現在はテレビ塔が置かれている関係で山上まで車道が通り多くの人が訪れているようです。本丸跡には展望台が置かれ周囲の眺望は良好です。本丸の南のもう一つの頂部にはテレビ塔が築かれ、ここが二の丸跡のようです。階段に複数の猫がいました。この周辺やたらと野良ネコが多かったですね。猫の邪魔をしたくないのでテレビ塔までは登っていません。
二の丸周辺で猫にエサをあげている人達がいました。ここを訪れている人たちの何割かは猫にエサをやりに来ている人たちのようです。他にもお気に入りの猫にエサを挙げている人が何人かいました。十匹くらい猫を見た気がします。おそらくもっと多いですね。
周囲にエサ場などなさそうなので彼らは訪れる人の持ってくる食料で生き繋いでているのだと思います。カラスもいたと思います。子猫や弱っている猫を狙っているのでしょうか。不思議なバランスでこの山上の猫の楽園は保たれているような気がします。
通りすがりの城びとは深入りはせず、その場を去るのでありました。
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