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しんちゃん

最北地にある本格的山城。そして‥ (2021/05/06 訪問)

尻八館は古代に蝦夷(アイヌとも)が築いたチャシを土台に正安年間(1299~1302)に安東孫次郎師季が築いたとされています。ため池から西方向に登城道が続いていて二の郭を経由して主郭にたどり着きます。城域かどうかは不明ですがその先にも扁平地があり周囲の眺望は素晴らしいものがあります。
詳細を書くと、まずはため池から案内板に従って登っていくと陣場を経て長い竪堀が見えてきます。この長い竪堀は登城道にそって二の丸まで続いていくので古の大手道だったのかもしれません。二の丸の先に堀切があってその先に本丸があるのですが、「とある煩悩の登城目録」さんの投稿にもあるとおり熊のフン様が置かれているのですね。しかも三個ですよ‥。たしか二の丸の入り口と本丸の手前、本丸から先に向かう途中にも鎮座しておられました。おかげでスリルあふれる訪問になりましたが、その割には本丸の奥手まで訪問しているんですね。アホですねえ‥本当に。今ではほぼほぼ動じなくなりましたが野生動物の機動力は人間の想像を絶するものがあるので、どんなに準備をしても万全というわけにはいかないと思います。

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シェル

国道6号に分断されたお城 (2023/10/20 訪問)

JR常磐線(各駅停車)北小金駅から徒歩10分ほどで到着。
 主郭部分は国道6号(水戸街道)で分断され、大幅に失われていますが、主郭の南側の部分は、根木内歴史公園内に残存しています。
 国道6号の「根木内」の交差点から東に進むと歩行者用の公園の城址口があり、そこから入城。
 車の場合は、上富士川にかかる根木内城址橋の手前に8台ほどの公園駐車場があります。トイレは駐車場の所にあります。
 歩行者用の城址口を進むと、土橋があり、そのそばには根木内城の標柱があります。公園内に土橋、土塁、空堀などの遺構が残っており、説明板も充実しています。空堀も遊歩道になっており散策しやすいです。上富士川のそばは、湿地になっており、散策もできます。

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しんちゃん

東西に伸びる丘陵上に郭が連なる。 (2023/12/31 訪問)

己斐古城は厳島神社の神領衆である己斐氏によって築かれたとされ、己斐新城である平原城と区別するために己斐古城と呼ばれているようです。東西にのびた丘陵上に郭が複数配置されています。公園から道が続いているので登っていき、まずは西を目指します。西の郭の先に堀と土塁が残り攻め手を遮断しています。ここで引き返し東の郭を目指します。東の高地にある郭が主郭のようで裏手に登り口が有りました。頂部に何か建っていたようですが見事にブッた斬られています。城郭放浪記さんの記事によると展望台があったようですね。
この城が大晦日、2023年最後に訪問した城になりました。広島城に行った残りの時間で攻略して滑り込みセーフです。道の駅で車中泊し年越しです。紅白歌合戦をナビのTVで見るつもりだったのですが電波が届かずNGでした。

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しんちゃん

いろいろと謎の多い城。朝から雨が降ったりやんだりで‥ (2023/12/31 訪問)

勝山城は北西に川に面する丘陵にありました。結構急な坂を登って行った先にある寺の左手から取りつくのですが、南西の方向に御調八幡宮の大きな駐車場があるので、ここに車を停めさせてもらって歩いてくるのが無難だと思います。
グーグルマップに名前の出てこないお寺の左の御堂の脇から道が続いているのでそこを登っていくと堀切に至り、北側(左手)が主郭のようです。直登していくと上に扁平地が有りました。堀切の右手・南側にも幾段かの扁平地があったようです。
主郭周囲にもいくつか扁平地があったようですが正確には覚えていません。いろいろ調べても詳細のわからない謎の城です。

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POYO58

姫路城3 (2023/11/03 訪問)

天守閣の最上階に行くと四方を見渡せますが… 混んでてなかなか思ったようにみえないと思います。この時は16時過ぎで夕陽が天守閣を照らし始めていました。
特に西側の方を見るのがおすすめです。にの門などの多くの建物がバランスよく並んでいるのが見えますよ♪
天守閣からの眺めは3枚ほど載せていただきましたが、どこから撮ったか、何かも正直わかりません… すみません。
本丸の大きな広場からは大きな天守閣を真正面に見ることができます。
本丸終了後は備前門を通って旧番所を見ながら太鼓櫓を通って高石垣越しから天守閣を写真に撮りました。この高石垣は打ち込みはぎっぽいですが、どうなんでしょうか?
さて次で姫路城を絞めようと思います。続く

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しんちゃん

頭崎城をリタイアした後に訪問。山名氏の攻撃に三年耐えた城。 (2023/12/31 訪問)

御薗宇城は平賀氏の城の一つで弘安年間’(1278~1287)に築かれたとされています。応永10年(1403)山名満氏によって攻められ3年に渡る長期戦になり平賀弘章の子の共益・惟益・惟元が討死しますが国人衆の助けを受け山名氏を退けたとあります。
この日は雨がふったりやんだりで、直前に訪れた頭崎城は林道から分かれた城への急激な坂を車が登れずリタイアと散々だったのですが御園宇城はすんなり散策できました。案内板に沿って登っていくと石垣がありそこから左へ折れて主郭にたどり着きます。
主郭の周囲は切岸のような斜面に囲まれていて、それを登っていくと北の郭にたどり着きます。この郭二段になっていて東の方がすこし低くなっているようですね。
広島や山口の林道はなかなか荒れているものがあり3城ほどリタイアしています。まともに歩いていくとかなりの距離があるので時間や体力の都合で割愛したりしています。頭崎城はいずれまた訪問したいですね。北からの道は有れているので南側から訪れる予定です。
途中からは坂が急すぎて四駆の軽でないとキツそうですね。酷道ならぬ通行不可な林道・ムリン道ですわ。

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いんげん丸虫

小池城(おいけ)(大池城)長野県生坂村 (2023/12/02 訪問)

標高788mの山城です。
この地を制していた丸山氏の城跡です。
細長い尾根に曲輪が並び、2つの堀切
があります。
麓のいちょう公園付近に駐車可能です。
看板等は一切無いですが、登城道は
あります。
しかし、この山は10数年位前に
松くい虫か何かの被害にあったようで
すね。
ほとんどの木が根元から朽ちてます。
無数の倒木を越えて登らねばならず、
崩壊している箇所もあるので、山歩き
に慣れてない方はお薦めできません。

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ぴーかる

名胡桃城 (2023/11/25 訪問)

【続百名城65城目】
<駐車場他>名胡桃城址駐車場無料数十台分あり
<交通手段>車

<見所>大空堀・堀切・土塁
<感想>2泊3日松本・佐久・吾妻の山城攻めの旅3日目12城目。上記駐車場は般若郭跡になっていて曲輪内をぐるりし案内所にてスタンプ押印・御城印を購入、少し資料が置いてあるので見学してから登城しました。順路は南北を大空堀で阻まれているので3郭・正面馬出し跡から奥へ奥へ行くしかないので馬出し跡⇒3郭跡⇒2郭跡⇒本郭⇒ささ郭の順で進みました。各曲輪間を仕切る堀切・曲輪土塁は見応えがあります。二の丸櫓台・2郭北虎口跡には腰巻石垣がわずかに残されています。
 北東側に流れる利根川段丘上の断崖沿い縁に築かれた城で西側からは僅かに低地、北東側からは断崖上に築かれた山城になっています。南北に仕切る大空堀もダイナミックで小諸城と同じ、構造上は小諸城とそっくりでミニ小諸城と言ってもいいのに小諸城は平山城、名胡桃城は山城分類されていて何だか分類上変に思いましたが見応えはありました。

<満足度>★★☆

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しんちゃん

幕末期の広島藩の隠し城 (2023/12/31 訪問)

八条原城は南に関川が流れ周囲を山に囲まれた、三つ掛山の山麓に築かれています。幕末の動乱期に広島藩が高間多衛を軍事奉行に任命して築かせた城で、藩士の子弟を以て組織した八旗隊の修練の場所という名目になりますが実情は有事に備えた広島藩の隠し城のようです。
かつては周囲を石垣で囲まれていて東南側に本門を設け兵営舎・炊事場・風呂場・道場などが建て並んでいたようですが今は何も残っていないようです。現状神社の境内になっており東側と北側に土塁が残り、本丸は周囲より微高地にあり、西側の一帯がさらに微妙に高所になっています。かつては城内に米蔵が有り、志和盆地八千石の年貢米が入れられていたそうです。
案内板には軍事奉行は高間多須衛とあり内容は城郭大系と若干異なります。内村越・小原峠・御堂原・榎山峠・湯坂峠・関川口の六か所の関門を設け軍監・木原秀三郎率いる神機隊留守隊が守備し志和盆地を要塞化できるようにしていたようなので、その際には八千石の年貢米が重要な籠城のための兵糧になったと思われます。

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しんちゃん

東武ワールドスクウェア 日本の城郭編 (2019/11/02 訪問)

栃木県日光市にある東武ワールドスクウェアは日本や世界の遺跡や歴史的(現在含む)が1/25スケールの精密なミニチュアで再現されています。姫路城、二条城、熊本城および首里城の守礼門が展示されていました。21年4月に首里城が公開されています。
私も首里城のミニチュアを見にもう一回行きたいのですが、首里城だけを見に行くのもアレなので、どうせなら彦根城や松山城など国宝天守や現存天守の城も再現してもらえたらと思います。名古屋城も再現してもらえるとうれしいです。正直いつまでたっても木造復興の工事が始まらないので半分諦めています。首里城じゃないですがせめて大スケールの模型で往来の姿を楽しめたらと思います。

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しんちゃん

東武ワールドスクウェア 世界の城郭編 (2019/11/02 訪問)

栃木県日光市にある東武ワールドスクウェアには世界の遺跡や歴史的(現代含む)建造物が1/25のビッグスケールで再現されています。ミニチュアといってもかなりの大きさで写真で見ると本物?と見間違えそうなほどの精巧さです。
万里の長城なんてディアゴスティニの「週刊万里の長城をつくる」なんかでシリーズ化したら何十年もかかりそうなサイズです。日本の城を見て回るので精いっぱいでヨーロッパの城なんてなかなか行くことなんてないので、ノイシュヴァンシュタイン城行ってきたよ・なんちゃって みたいなノリを味わうのにはうってつけだと思います。中国で万里の長城でパシャパシャ写真を撮ってたら秘密警察に捕まって何をされるかわかりませんが、ここでならいくら写真をとっても大丈夫です。

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しんちゃん

東武ワールドスクウェア 栃木県日光市鬼怒川温泉 (2019/11/02 訪問)

東武ワールドスクウェアは栃木県日光市にある世界各国の遺跡や歴史的建造物、現在の代表的建造物等を1/25スケールのミニチュアサイズの模型で再現したミニチュアパークです。1/25というとタミヤなどのカーモデルなどとほぼ同等のサイズで、コアな話をすると昔にタカラがボトムズのプラモデルをリリースしていた時の大きい方のサイズになります。
世界各国の古代の遺跡を1/25で再現しているのでピラミッドなどかなりの大きさになります。東京スカイツリーなんて言うと26m以上になるわけですか‥。なかなかの広さでしばらく楽しませていただきました。一度は訪れる価値があると思います。二回目は気に入ったら是非にと思います。著作権関係が気になったので運営側に「城びとに載っけていいですか~」と聞いたら「いいですよ」と了承をいただいたので掲載させて戴きます。

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駿府城

「お城ファンが実際に訪れた日本のお城ランキングTOP300」で駿府城が1位を獲得しました!

「ニッポン城めぐり」が発表した「お城ファンが実際に訪れた日本のお城ランキングTOP300(2023年度版)」に駿府城がランクインしました。
 
「ニッポン城めぐり」とは日本全国のお城をめぐる無料のGPS(位置情報)スタンプラリーアプリです。GPSの情報を元に日本全国の城郭の訪問者数をランキング化したTOP300を発表しており、数ある城郭を押さえ駿府城が1位を獲得しました!
※「お城ファンが実際に訪れた日本のお城ランキングTOP300(2023年度版)」の詳細はこちら(https://ameblo.jp/cmeg/entry-12826870543.html)をご覧ください。

今年は、NHK大河ドラマ「どうする家康」の放送に合わせて多くの方々が、駿府城跡天守台発掘調査現場に訪れました。JR静岡駅から徒歩15分程とアクセスも良く、周辺には東御門・巽櫓、静岡市歴史博物館、どうする家康大河ドラマ館など家康ゆかりの施設が数多くあります。
駿府城跡天守台発掘調査現場は年末年始(12/29~1/3)を除き、年中無休で見学できます。ぜひ駿府城跡天守台発掘調査現場に訪れてみてください♪

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トク

2024初登城と初詣(1/2)-加藤神社 (2024/01/08 訪問)

私の今年の初登城は初詣を兼ねて熊本城を訪れました。

登城口でまず清正公に拝礼してから城内へ(写真①)。それから清正公を祀る加藤神社にお参りし初詣をしてきました(写真②)。

そして、その加藤神社から眺めた大天守と小天守です(写真③④)。このアングル私は好きです。

また同じく加藤神社から眺めた現在の宇土櫓です(写真⑤)。完全に素屋根に覆われて見えなくなっていました。約1年前と半年前に同じここから撮った写真と見比べて頂きたいと思います(写真⑦→⑥→⑤の順で見て下さい)。解体工事は順調に進んでいると思われます。でも素屋根の中は、いったいどうなっているのでしょうか?

熊本城内には三つの神社があります。加藤神社の他にも、熊本のお伊勢さんと言われている熊本大神宮(写真⑧)、また商売繁盛を願う熊本稲荷神社です(写真⑨)。いずれにもお参りして、三社詣を果たしてきました。そこに厄年などの今年の運勢が貼ってありました。皆さん要チェックですよ! あなたの今年は大丈夫ですか~?(写真⑩)😲

次も、2024初登城と初詣(2/2)熊本城です。
飯田丸五階櫓とくまモンに続きます。
 

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イオ

小谷城防衛の拠点 (2023/11/04 訪問)

平安末期に山本氏が築いたと伝わり、戦国期には京極氏の城として阿閉氏や浅見氏が城主となりました。浅井長政と織田信長が敵対すると小谷城防衛の拠点となりましたが、阿閉貞征が信長に降伏して開城。本能寺の変後は明智光秀に味方するも山崎の戦いに敗れて処刑され、山本山城も廃城となったようです。

朝日山神社と宇賀神社の2つの登城口がありますが、駐車場がわかりやすかった宇賀神社側から。この秋は各地で熊害の報道があり、宇賀神社裏手の登城口にも「熊出没注意」の看板があったので、熊鈴を装着して登城開始。若宮山古墳近くの防獣柵を抜けて、つづら折りの急坂をひたすら登ること約30分で二の丸に到着。

二の丸は重機で改変されているようで遺構らしきものは見当たりませんが、琵琶湖方向の眺望が開け、曇天ながら竹生島を望むことができました。二の丸の北には四方を土塁に囲まれた主郭があり、南、東、北に虎口が開いていますが、北の虎口はハイキングコースのために改変されたもののようです。北の虎口を出ると、直下に横たわる堀切を木橋で渡って一番馬場へ。一番馬場とその先の二番馬場は東西両辺に土塁をめぐらせています。二番馬場から北に続く曲輪群は5条の堀切で区画され、北端の曲輪は土塁で囲まれていました。北端で引き返すと今度は東尾根へ。朝日山神社からの登城道沿いに腰曲輪が見えますが、藪に沈んでいます。その先の虎口を抜けたところが三の丸で、北辺と西辺に土塁が見られました。

約半年ぶりの山城で少々足が疲れましたが、特筆するほどの遺構はないものの典型的な中世山城で、やっぱり山城は良いな、と改めて。この日はカメラを持ってくるのを忘れてしまいスマホでの撮影でしたが、慣れてないのでピンボケも多かったものの何とかなりました。

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todo94

八幡太郎 (2023/12/09 訪問)

水戸城からの転戦です。ソーラーパネルの奥には踏み込みませんでしたが、隣接する林の中に踏み入ってみると、空堀や土塁が見られました。一盛長者伝説地の石碑の側面の説明には愕然としてしまいました。歓待を受けた有力者を危険視して滅ぼしてしまうなんて何たる非道。八幡太郎義家のイメージが地に落ちてしまいました。

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ゆい

念願の初登城! (2024/01/07 訪問)

3日連続でお城巡り中!
何千回と前を通ってるけど行ったことのなかった安土城へ。

考古博物館は行った事があったので、今回は安土城址と資料館(御城印を買いに)に行きました。
その後に山崎山城址にも行きましたがそれはまた山崎山城の方で。


駐車場はかなり広く、無料です。
駐車場からすぐのところに小さな建物があります。
【城なび館】という有料の資料館とお土産ショップを併設しているお店です。
お土産ショップは入場料不要です。

御城印は取り扱いありません。

ただ、《信長四城御城印ラリー》のスタンプはあります。
お土産はトートバッグや御城印帳、信長安土マンゴー(ジェラート)など色々ありました。

建物のすぐ横にトイレもあります。
とても綺麗で虫の心配も無く快適でした。

駐車場から見て左手の方に坂があるので登っていくと受付(小さな小屋)があります。
入山料は700円でした。

《石垣しかないのに彦根城より100円安いだけか、、高、、》
と思っていました。

入場券の代わりに、パンフレットが貰えます。
考古博物館にも行く方はパンフレットを博物館で提示すると割引が受けられるようなので捨てないように。

また、ここで *御朱印帳 を購入するとサービスで安土城と書いて下さるそうです。
見本は飾ってありました。

*御城印帳ではありません。直接書くタイプの御朱印帳です。

御朱印は興味が無く、せっかく買っても他に書いてもらうことがないので今回は諦めました。
ちなみに100名城スタンプは受付の出口側にあります。
帰りに押しました!

大手道を登り始めると直ぐに前田利家邸跡が右手に。
左奥には羽柴秀吉邸跡があり、すぐ右手に徳川家康邸跡(現在は摠見寺仮本堂)があります。

鐘があるので、一突きしました。

そのままやや急な石段を登っていくと【石仏】がいくつも現れました。
さらに登っていくと、【黒金門跡】【仏足石】があり、奥には【本丸跡】【*天主跡】が続きます。
*安土城は天守ではなく天主です。

周辺には立ち入り禁止の場所や発掘調査中の場所もありました。

木などが邪魔であまり見晴らしはよくありません。

その後、信長やそのほか5人のお墓や邸跡、古井戸を見てまわり、三重塔の方へ。

摠見寺本堂跡からの眺めは良かったです!
すぐ左に三重塔も。
立派な三重塔でした。
残念ながら中に入ることはできませんが、昔からの建物が残っているのは良かったです。
そして立派な二王門をくぐり、いよいよ終わりに。
二王門には木造の【金剛二力士立像】もいました。


安土城の石段や石垣はとにかく立派で終始圧倒されました。
信長公のお墓に手を合わせられたのは光栄でした!
帰る頃には700円の価値はある、と納得がいく立派な城址でした。

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しんちゃん

鹿出現! そういや十二支に鹿っていないな。 (2024/01/03 訪問)

伊勢ヶ坪城は根の谷川の東側の丘陵に築かれています。大林神社の東側の道を高所に向かっていくと坂の途中に登城道があり、そこから城址に至ります。頂部の扁平地以外にも西側に郭が配されているようですが実際に訪れてみると散策できるのは頂部の主郭と西側の扁平地ぐらいに限られると思います。で‥今回訪問した時に入口の近くに鹿がいたんですね。
じっとこっちを見て「何しに来た」って表情をしていたのですが、写真を撮っているうちに、ものすごい勢いで斜面をくだっていってしまいました。実際にのぞきこんでみるとなかなかの急坂ですが、ここをあっという間に駆け下りていってしまったのですね。改めて野生の動物の機動力には驚かされます。主郭周辺から下をのぞいてみると、遠くに二頭の鹿がいます。さっきの奴ですね、つがいの鹿のようです。街中に住みついてしまっているんですね。悪さするんじゃねーぞ。

承久の変の際に熊谷直国が討死し、その功で息子の直時に安芸国三入荘の地頭職が与えられ、やがてこの地に移り伊勢ヶ坪城を築いたとされています。後に熊谷氏は高松城に本拠を移しますが、伊勢ヶ坪城はその後も隠居所などに用いられたそうです。

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しんちゃん

大内氏に滅ぼされた鷲頭氏の築いた前城。 (2024/01/02 訪問)

新春一ノ槍・其ノ五 亀山城の投稿です。
亀山城は深川城城主、鷲頭弘忠によって築かれたとされ深川城の前城(出城)として機能していたようです。鷲頭氏は大内氏の庶流で大内氏に仕えていましたが大内教弘の時代に弘忠と不仲になり、亀山城は大内氏の水軍に備えて築かれたようです。文安5年(1448)大内氏は深川城を攻め、弘忠と一族郎党は皆殺しにされてしまったそうです。
亀山城は法蓮寺の背後の丘陵の頂部に位置し東側の墓地に回ると右手奥にうっすらと道が続いて、これを登っていくと城址にたどり着きます。まずは巨大な堀切が行く手を遮り、西の小高い箇所の上が主要部になりますが登り口がはっきりしないので強引によじ上りました。しんどいのはここだけで後は主郭周辺を散策し西の郭を確認した後引き返しました。
普段訪れる人がほぼいないようで、手入れは行き届いておらず、なかなかの竹藪状態になっています。

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三浦の晃ちゃん

最大級の古代城柵 (2024/01/08 訪問)

多くの施設が復元されています。資料館も、あります。(無料です。)広大な面積です。初代征夷大将軍の坂上田村麻呂が、建てたようです。続々100名城シリーズか選ばれることが、もしあれば、推薦したいお城です。

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