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ryu

長浜城(2007年、2017年) (2017/12/03 訪問)

2007年
伊吹山登山とあわせて訪城。この日はとても暑かった。
2017年
近江国の城巡りで、小谷城を探訪した帰りに長浜駅で下車して立ち寄る。模擬天守からは遠く小谷城が遠望できた。

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ryu

小谷城(2017年)(3)(小谷山山頂の大嶽城) (2017/12/03 訪問)

小谷山山頂にある大嶽城跡(土塁、二重の堀切)を案内していただく

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ryu

近江国の城巡り~小谷城(2017年)(2) (2017/12/03 訪問)

小谷城探訪続き(後半)

月所丸跡(畝状竪堀跡、二重の堀切)~清水谷~大野木屋敷跡~三田村屋敷跡~段築跡~竪堀跡~御屋敷跡~小谷城戦国歴史資料館

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ryu

近江国の城巡り~小谷城(2017年)(1) (2017/12/03 訪問)

前泊した彦根からJRで河毛駅下車。駅でレンタサイクルを借りて小谷城戦国ガイドステーションへ。
地元のガイド(脇坂さん)の案内で登城。

戦国ガイドステーションから追手道~真柄峠~金吾丸跡~番所跡~虎御前山展望所~お茶屋跡~御馬屋敷跡~馬洗池~赤尾屋敷跡~桜馬場跡、帯曲輪~黒金門跡~大広間跡~本丸跡~大堀切跡~中丸跡~刀洗池~京極丸跡下付近の秀吉が攻め上ったとの説がある虎口跡~京極丸跡~小丸跡~山王丸跡(大石垣)と尾根伝いに順に遺構を見ながら登る。六坊跡から清水谷との分岐へ下り、小谷山山頂に登り返し、山頂で昼食。山頂にある大嶽城跡(土塁、二重の堀切)を見て清水谷の分岐まで戻り、月所丸跡(畝状竪堀跡、二重の堀切)を見て、帰路は清水谷を下る。大野木屋敷跡~三田村屋敷跡~段築跡~竪堀跡~御屋敷跡と下り、小谷城戦国歴史資料館で100名城スタンプを押す。
一日かけてとても丁寧に案内していただいた。

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ryu

近江国の城巡り~観音寺城(2017年) (2017/12/02 訪問)

一泊二日で近江国の城巡り。
安土駅前でレンタサイクルを借りて、観音寺城への登山口の石寺楽市へ。ここに自転車を置いて繖山(観音寺城跡)に登る。
観音正寺への参道から左に折れて六角氏当主の居館跡(御屋形跡)に比定されている天満宮へ。追手道のコースで尾根伝いに篝場跡~伝木村丸(石垣、埋門)~大石垣~伝池田丸~伝平井丸(石垣、埋門)~大石段~伝本丸(北側の裏虎口の食い違い虎口)と遺構を見ながら登る。
伝本丸から繖山山頂三角点に登り、下りは、尾根伝いの大土塁の遺構〜伝目賀田丸〜伝布施淡路丸を見て、観音正寺にお詣りして参道を下山する。

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カズサン

【豊後・臼杵石仏】大分県臼杵市 国宝臼杵大佛 (2009/06/11 訪問)

 臼杵城を終えて南西約5~6km程の所にある、国宝石仏、摩崖仏を参拝見学したく13年前の平成21年6月中旬、大分県宮崎県城廻りの途中に、小中学校時代の教科書に載ってた臼杵摩崖仏を参拝見学を17時過ぎから40分間致しました。
 住所:大分県臼杵市大字深田804-1  駐車場は入口の観光案内所に有ります、近くに拝観料受付も有る。
 
 50年前の教科書の写真で見たいた臼杵石仏、初めての参拝ですが脳裏に焼き付いて居ましたので初めましてよりは久し振りという感じ、見学以前に石仏の中心的摩崖仏の古園石仏大日如来坐像の頭部が災害か?落ちたとのニュースを聞いて居ましたので、どうかな?と心配して居ましたが、立派に修復され鎮座されて居り大安心。
 17時過ぎですが参拝見学出来、入口からホキ石仏第2群、ホキ石仏第1群、山王山石仏、古園石仏と参拝見学致しました。教科書を見てから50数年ぶりに再会した気分でした。

 この後は連泊の大分駅前のビジネスホテル、昨夜より馴染みに成ったスナックで食事とカラオケ、年相応に合ったママさんで大分の夜を楽しく過ごすことが出来ました。

 

 

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岩崎城

子ども向け歴史教室 小牧・長久手の戦い

小牧・長久手の戦いを子ども向けに分かりやすく解説します。
いっしょに地元の歴史を楽しく学んでみませんか?
自由研究にも使えます!

【参加申込期間】
7月9日(土)から 9:00~17:00

【開催日時】7月30日(土)10:30~11:30

【対象】高校生以下の人(親子参加可)

【講師】当館学芸員 内貴 健太

【定員】40人
電話予約で20名、インターネット予約で20名募集いたします。

【参加費】無料

詳しくはこちら
http://www.mf.ccnw.ne.jp/iwasakijo/hibi.html#kodomomuke22


お問い合わせ  岩崎城歴史記念館
〒470-0131 日進市岩崎町市場67番地
Tel 0561-73-8825 Email n-iwasakijo@mf.ccnw.ne.jp
HP  http://www.mf.ccnw.ne.jp/iwasakijo/
開館時間 9:00~17:00

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kazu

遥かなり金田城 (2022/04/30 訪問)

石塁見学コースと東屋経由の山頂往復コースで5時間かかりました。
登山口の近くに対馬市がトイレカーを設置してくれています。きれいでとても助かります。

ついに続100名城達成しました!
スタンプは美津島地区公民館で押しました。厳原のふれあい処つしま観光情報館でも押すことができます。

対馬の方々は皆、とても親切で、感激しました。

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ぴーかる

お詫び

私の本年度の2月頃までの投稿で城びと登録のある赤松氏の山城攻めの投稿を行ってきましたが、赤松円心築城の神戸市にある摩耶山城と滝山城の攻略が抜けておりました。こんな東側に残っているとは気付かず、たった今城びとを色々見ていて知りました。大変申し訳ございません。涼しくなった時期をみて攻略します。<m(__)m>

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Yosihiko

掛川城 (2022/05/04 訪問)

攻城🏯13城、攻城址5(城攻 1周年)

天守閣 今までで一番狭いかも(笑)
眺めもあまり良く無かったなぁ~

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ぴーかる

【究極の1枚】

落ちたらヤバい!(>_<)

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ぴーかる

【究極の1枚】

桜吹雪

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ぴーかる

菩提山城 (2022/04/09 訪問)

【菩提山城】
<駐車場他>登城口前<35.385222, 136.489946>に駐車可能
<交通手段>車

<見所>曲輪群・竪堀・堀切
<感想>菩提山城は竹中半兵衛の父、竹中重元が1588年、菩提山の岩手弾正を攻め取り翌年に新たに菩提山城を築き居城としました。江戸時代に竹中重門が麓の竹中陣屋を拠点としたのち廃城となりました。この前投稿に竹中陣屋も投稿しております、ご覧あれ。
 私が登ったルートは上記ポイントからハイキングコースになっており菩提寺の御堂を通って登り山頂主郭までの距離は約1.3㎞あります。途中で東の岩崎神社からのルートと合流し登ります。折れ曲りの多い切通しを通り抜けると堀切がありここから城跡に入ります。
 まず大手曲輪の曲輪壁に鏡石的な大石があり圧倒されます。縄張りは山頂北東隅に主郭・二の曲輪を設けて南から西側にかけて梯郭式的に曲輪群で囲んでいて山城では珍しい造り。各曲輪も大きく、南の出曲輪とは深い堀切で仕切っています。出曲輪の南は畝状竪堀、谷を利用した大竪堀、堀切、堀切からの竪堀が入り組んでおり、それが見事でかなり見応えがあります。ここから南側が尾根続きになっていて攻め口にもなりそうなので堅固な造りになっているようです。
主郭部は南北に広い削平地で北面が主郭、南面が二の曲輪、間を空堀で仕切っています。ここも土塁ではなく堀で仕切っているところはこれが石垣堀ならば近世平城郭と同じ造りで中世山城には珍しいと感じました。主郭にある桜の巨木がちょうど桜吹雪で、竹中半兵衛の薄命と相似しているように見えました。
 菩提山城の名は勿論昔から知ってはいましたが、西美濃最大級の山城跡かとかは調べず登城口だけを調べて攻城したので想像外の見応えに驚きと感動でした。しかし2回も墓参したのに半兵衛には愛されていないようで城跡内で3回も滑って転びました(*´з`)

<満足度>◆◆◆

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カズサン

天守台が修復整備された頃に登城 (2009/06/11 訪問)

 臼杵城は大友宗麟が全島岩盤の丹生島に築城したのが始まり、島津氏の侵攻にはポルトガルから入手した大砲フランキ砲の威力と岩盤絶壁に護られ島津氏は撤退するも城下は焼け野原、大友宗麟没後嫡子義統は朝鮮の役での不始末改易され、豊臣期福原氏太田氏と代わり関ヶ原後には稲葉貞通が入封し江戸期は稲葉氏継承して明治を迎える。

 13年前の平成21年6月中旬、大分県宮崎県城廻り6城目。
 佐伯城を終えて臼杵城へ古橋口前辺りは再開発工事中でしたがその前辺りの駐車エリア利用。

 登城ルートは、古橋口より臼杵城紹介の写真そのままの景観がお出迎え、鐙坂、鐙坂の土塀は修復工事中、現存の畳櫓、平成13年に復元した大門櫓(今回是非見たいと狙っていた)、二の丸へ井楼櫓跡、フランキ砲のレプリカ見学、城域は東西に延び西が二の丸、東が本丸、間に南北に空堀が構え、中間に本丸鉄門桝形、北側の空堀北端に今回修復整備された天守台が控えれる、修復天守台見学、本丸南東口に現存卯寅口門脇櫓、南東口を南に回り込んで城域の南端絶壁岩盤城塁を眺めながら古橋口へ。

 今回では復元大門櫓、修復整備天守台を是非見たいと言うのが主目的、今は周囲が住宅街に成って居ますが、往時の周囲が海に囲まれてる姿はさぞ難攻不落の要塞城郭としての容姿を誇って居た事でしょう。

 この後は陽が傾きかけた頃、臼杵大仏見学に向う。

 

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ryu

ふるさとの山、飯盛山城登山(2017年) (2017/11/26 訪問)

地元の山、飯盛山にある飯盛山城を訪ねる。
文和2年(1353)、九州探題の一色直氏が築城、南北朝の争乱において戦場となったが、戦国時代には高祖城主の原田了栄の出城であったといわれている。城跡がある飯盛山山頂(382m)には飯盛神社の上宮が祀られている。(福岡県の中近世城館跡Ⅱ―筑前地域編2―)

七五三のお参りで賑わう麓の飯盛神社から登る。中宮社からは、戦国時代には物見櫓として利用されたといわれる百貫石を経由するコースを登る。高曇りの空で子ども連れの登山者も多い。
山頂に着いて一休みして、縄張り図を見ながら山頂一帯の堀切、竪堀等の遺構を見る。

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カズサン

天空の城郭別称鶴屋城 (2009/06/11 訪問)

 佐伯城は地元では鶴屋城と案内板等に記されてる八幡山頂上に鶴が舞う様な縄張で天空の総石垣造り、本丸に天守台が載り西に二の丸、西の丸が続く、北に北の丸、山麓に三の丸、三の丸大手に櫓門が現存する。

 歴史的には関ヶ原後毛利高政が日田より2万石で入封する、高政は元の姓は森で秀吉の配下、本能寺の変で秀吉と毛利氏の高松城戦和睦の折高政が人質と成るが毛利輝元に気に入られ、森と毛利の呼称が似てる事から輝元より毛利に変えたらと言われ秀吉の許可を受け毛利高政に改姓したいわくが有る。
 慶長7年(1602年)築城が始まり慶長11年(1606年)にほぼ完成し以後毛利氏が江戸期を継承して明治を迎える。

 13年前の平成21年6月中旬、大分県宮崎県城廻り2日目で5城目。
 竹田市の岡城を充分に堪能し地道山道を東方向に進行し佐伯市佐伯城を目指す、車は佐伯城三の丸櫓門の前に駐車エリアが有り利用する。

 登城ルートは三の丸大手石垣、櫓門、歩きやすいと言われてる「独歩碑の道」を選択して登城する、結構しんどい、案内図では400mと有りましたが曲がりくねって汗をかきかき、休み休み、頂上本丸虎口石畳へ、石畳が斜め急で滑りやっとの事で登り切る、本丸石垣城塁、石階段を登り天守台へ、本丸石段は後世の造りとか?二の丸へ本丸虎口から堀切廊下橋、二の丸に入り先に石垣に挟まれて渡櫓門跡、西の丸、櫓台跡、虎口、戻って、北の丸、櫓台、水の手門跡、頂上からは佐伯の城下、豊後水道海が見える、寅さんも佐伯ロケが有り城に登って眺めてたシーンが有った様な?
 来た道を降りて三の丸に在る文化会館のロビーに展示されてる、佐伯城立体模型を見学、石垣と櫓群、三層天守閣が山頂に聳えていたのかと往時の姿に驚き感嘆する、2万石でここまで良く出来来たものだと?
 山麓の山際小路を巡り昔の姿に残ってる通り家並みを散策する、櫓門から国道に出る通りが馬場広場、突き当りに大手門が有った。

 2019年に新聞報道が有り発掘調査で本丸北側の石垣に4段のハバキ石垣が発見されたと有り修復整備された模様、ピーカルさんカルビンさんの投稿写真に同石垣が写真投稿されてますので又何時か訪ねたいと思ってる所です。
 三の丸の中に有った文化会館は櫓門の前に現在歴史資料館が建設され、専用駐車場も立派に完備しています、グーグルマップで確認した内容です。

 

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ryu

許斐岳城に登る(2017年) (2017/11/19 訪問)

JRを利用し、JR東郷駅から歩いて許斐岳城がある許斐山に登る。

宗像市と福津市との境にある許斐岳山頂に位置し、宗像大宮司 15 代の氏平が築城、永禄~天正年間にかけて、大友方との争奪の歴史が繰り返されたといわれている。宗像氏の重要拠点の一つ。

駅前に広がる日の里団地を過ぎたところにある登山口から登る。登山道は整備されて歩きやすい。山頂からの眺望もよく玄界灘に浮かぶ島もよく見える。
持ってきた許斐岳城の縄張り図を見ながら山頂周辺を歩き回り,山城跡の遺構を確認する。
下りは八並方面へ下り、金魚池で出会った地元の方の案内で尾立山方面の堀切なども確認することが出来た。

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じんじん

江戸城の松 (2022/05/03 訪問)

御城印が欲しかった(笑)

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織田晃司

平賀氏城館 (2022/04/30 訪問)

の3城のうちの一つ。
3つの城の中で一番登城が楽な城です。

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トマト

唐津城新しくなりました。 (2022/04/30 訪問)

前回行った時は工事中だったので今回来城しました。

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