五稜郭は函館奉行所用の城郭で中世ヨーロッパの城塞都市を参考に設計がされているとのことです。石垣と土塁によって形成され、稜堡と呼ばれる5つの鋭角が星形に配されています。中心には函館奉行所が置かれ、それに付随する建物が20以上あったようで近代的な軍事要塞としての意味合いもあったようです。明治元年10月に榎本武揚率いる旧幕府軍に占拠されますが翌年5月に終結を迎えました。(函館戦争)
意欲的な設計ですが構造が均一化されているので配置を読まれやすい欠点が有るのではないかと思います。奉行所の太鼓櫓が軍艦「甲鉄」のアームストロング砲の射程内の距離3.5kmにあったため狙い撃ちされ、あわてて撤去したという逸話があるようです。欧州に同様の城塞で土塁が多用されているのは大砲を撃ち合う近代戦では直撃した砲弾が石垣を破壊し、飛び散った石の破片が将兵を殺傷してしまうかららしいのですが、五稜郭には石垣も多く用いられています。半月堡や本塁の石垣には「武者返し」と呼ばれるせり出しが築かれているようなので、次に訪れる際にはその辺をじっくり見てきたいと思います。
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