ささのくまじょう

楽々前城

兵庫県豊岡市

別名 : 佐田城
旧国名 : 但馬

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畝状竪堀
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みんなの口コミ

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垣屋氏の城 (2023/12/14 訪問)

 但馬守護山名氏の守護代垣屋氏の城と伝わっています。北城と南城がありますが、曲輪の比較的明瞭に残っていて、木もあまりなく遺構は見やすい状況でした。畝状竪堀が見たくて登城しましたが、思ったより上の方にありました。迫力のある大きな畝と竪堀が残っていました。城域は思っていたより広く堀切、土橋、土塁や竪堀があり、主郭近くには石積みもあり楽しめる城址です。ただ畝状竪堀のある所だけはロープがありましたが、整備された登城路があるわけではなく案内板もありません。縄張り図とにらめっこしながらの散策となりました。遺構も比較的残っていていい城址だと思います。

 北側の墓地より登城しました。踏み跡がありましたが、概ね直登です。落ち葉が堆積していることに加え土が湿気を含んだ粘土質で、滑って歩きにくかったですね。足を滑らせながらもなんとか尾根に到達して登って行きました。尾根には道がある所もありますが、わかりにくい所もありました。楽々前には行けなかったですね。ただ尾根を只管登って行くだけなので迷うことはありません。主郭の南東部にある堀切へ降りて行くと、その下に誘導するようにピンクリボンが付いている木を見つけました。帰りは来た道を戻りたくないという気持ちもあり、こちらからも登城した人がいたと記憶していたのでピンクリボンを追って降りて行きました。道もなく倒木やぬかるんだ地面に難渋しながら下山すると、城の西側にある民家の近くに出てしまい帰りは遠回りとなってしまいました。素直に来た道を戻ればよかったと反省しています。
楽々前城を「ささのくまじょう」とは読めませんね。「らくらくまえじょう」と読んでいました。

江原駅より登城口近くまでバスで行く予定でしたが本数が少なく徒歩にて行きました。30分くらいかかりました。

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todo94

難読城名 (2023/11/23 訪問)

これで「ささのくま」と読むのですね。知らなければ読めませんよね。静修小学校側の尾根を攻め上りました。途中、笹が生い茂っている部分で若干の藪漕ぎ、その先の岩場を越えると山城遺構が次々と現れます。ただ、何の表示もなかったのは少し寂しい気分。帰路は今回の但馬城攻めで初めて迷ってしまいました。麓の道場城辺りに出たのかなと思います。常光寺から攻めるのが正解のようですね。

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但馬 山名氏を支える国人の城を巡る (2023/03/05 訪問)

但馬守護代にもなった恒屋氏の城です。
北に伸びる尾根先に東側の墓地から取りつきました。墓地裏の低いところから尾根上に郭が続きます。ピンクテープが、急斜面の尾根を直登するよう導きます。城郭放浪記さんの表現を借りると、主郭を中心に「南を除く三方に高い切岸の曲輪が無数に拡がっている」。下草がなく探索しやすいですが、主郭下の一段だけ、腰ほどの篠が密生していて夏場は要注意かも。大規模な畝状竪堀があるのですが、よくわからず⤵️

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Kitty

楽々前城 (2019/05/04 訪問)

マイナーな山城ですが、巨大な畝状竪堀は一見の価値ありです。それ以外の遺構の造作もすごく山城マニアの方には是非オススメしたい城です。城跡は熊の生息地なので複数人での見学が望ましいです。

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城郭情報

分類・構造 山城
築城主 垣屋隆国
築城年 応永年間(1394〜1428)
主な城主 垣屋氏
遺構 曲輪、土塁、堀切、竪堀
住所 兵庫県豊岡市日高町佐田字城山