志布志城は内城、松尾城、高城、新城の4つの中世山城の総称で志布志城と呼ばれています。高城、新城への立ち入りは制限されているとの事で、内城、松尾城を攻略すべく登城しました。
志布志城の中核をなす内城の規模は、東西約300m・南北600mの規模があり、シラス台地に深く刻まれた大規模な空堀によって主要な7つの曲輪が区画されています。標高は内城本丸で約54m麓との比高差は約50mもあります。この志布志に広大な山城が築かれた理由として、この地は海上交通の拠点として、海外・国内貿易が盛んで国内外の陶磁器や銭貨・鉄砲玉などが出土しており、経済的・軍事的に重要な場所であった事が窺えます。
この重要な城を巡り、城主も入れ替わりが多く肝付氏、楡井氏、畠山氏、新納氏、豊州家島津氏、肝付氏、島津氏と変遷しています。
志布志市埋蔵文化センターで続100名城スタンプと志布志城内(内城)散策マップをいただき、埋蔵文化センターから約3Km程離れている志布志小学校横の無料観光駐車場に駐車。用を済ませてから平山邸庭園(国史跡)の前を通り、大手口より入城。
南九州地方特有のシラス台地を削った切岸、大規模な堀がこの城の最大の見所といえます(私見)。郭の周囲に土塁が一部見られましたが、この急崖を登れる人が居るとも思えず、土塁が必要なのだろうかと疑問に思ったりもしました。
本丸周辺は、よく整備されており難なく散策が出来ましたが、中尾久尾と呼ばれる郭を散策しようと大空堀から入っていったところ、雑草・雑木が生い茂り、予定の時間が迫る中「折角だから」と思い郭を見学しようと入りこんだところ暫くして全然、自分の位置が分からなくなり、迷子状態に(>_<)噴き出る汗💦顔の周りを飛び回るやぶ蚊やブト💦何度も足を滑らせ泥まみれ💦どのくらい時間が経過したことだろうかふと気が付くと、建物が・・・助かったぁ~志布志小学校の裏手に出れ無事駐車場へ(;'∀')松尾城攻略は断念(気力がない)
この城で驚いたこと、大手口の手前に朽ち果てた家が数件、住んでいないと思うが門の表札を見ると「肝付〇〇」末裔の方であろうか⁉
この城で学んだ事「無理はしない‼‼」皆様もお気を付け下さいませ。
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