繖山から北にのびる尾根の突端に位置し、織田信長の上洛に際して観音寺城の出城として築かれた城で、後藤但馬守が城主を務めました。
北向岩屋十一面観音の駐車場から登城開始。参道を車で尾根筋まで登ったのであとは尾根沿いに下るだけ…と思っていたら、下るだけは下るだけながら思ったより距離がありました。比高はわずか65mですし、山麓の登城口から歩いて登ったほうが早かったかもしれません。
駐車場から尾根沿いに東に進み、北側に藪化した堀が続くあたりを通り過ぎると石垣に行き当たります。佐生日吉城は主郭と東下段の曲輪からなり、主郭の南西面から南面にかけて約50mに及ぶ石垣が続いていますが、南西隅部を突出させて横矢掛りになっています。南面の土塁を眺めつつ進み、東下段の曲輪から主郭へ。喰い違い状になった東虎口から主郭に入ると、周囲は高さはないものの幅広い土塁で囲まれていて、奥には後藤但馬守城址の石碑が立てられていました。北尾根へと続く虎口の脇にも石垣が見られ、北尾根を進んだ先では両側に竪堀が落ちている…はずですが、藪に覆われていてよくわかりませんでした。そして主郭に戻って西虎口を出たところで佐生日吉城をひとめぐり。
ほぼ単郭の城ながら、南面に続く長大な石垣は大いに見応えがありました。六角氏の山城は出城に至るまで石垣が多用されていて嬉しくなってきますね。
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