うさやまじょう

宇佐山城

滋賀県大津市

別名 : 志賀城、志賀の城、志賀要害
旧国名 : 近江

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ぴーかるさんの回答どおりです (2022/01/02 訪問)

 ぴーかるさん、応答をありがとうございます。ぴーかるさんをはじめ、城びと投稿者の皆さんに刺激を受けて、楽しんでいます。
 滋賀県は、北部と南部でだいぶん気候が変わります。湖西線では、普段から、京都発近江舞子行き、近江舞子発京都行きの電車が多いのですが、昨日のような大雪警報や強風警報がでると、近江舞子より北の電車が止まります。近江舞子駅の一つ北が打下城最寄りの高島駅です。
 昨日は、積雪の影響を懸念して、いつもより早めに家を出ました。近江舞子発の電車は定刻通りでしたが、湖東を走る琵琶湖線の乱れの影響を受けて、山科駅乗り入れが待たされて、京都着が遅れました。
 ぴーかるさんの宇佐山城からの写真の端っこに弊宅の位置もあります。

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じゅんじん

雪の中 (2024/12/21 訪問)

近江神社から上がりました。途中で宇佐八幡神社で先勝祈願。石垣に感動です。そして琵琶湖・・・見えませんでした。
下山したら快晴・・・

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小城小次郎

存分に役割を果たしたお城 (2024/02/10 訪問)

宇佐山城の戦いの舞台となり、和議の条件として破却されたという解釈が正しければ極めて短命なお城なのだが、京~近江の往来を制限し朝倉・浅井に存分に脅威を与えた点では存分にその役割を果たしたと言えるのだろう。

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T-Shionoya

宇佐山城 突発訪問 (2023/12/22 訪問)

この日は次回掲載する城が目的でしたが、その前に余裕ができたため急遽訪問した滋賀県大津市の宇佐山城。

琵琶湖南部の西岸の比高200m少々の宇佐山に築かれた城。
湖畔の西近江路から直接京都へ入る山中越の分岐点で、琵琶湖の水運と京都への往来を監視していたことでしょう。

1570年、信長の命により森可成が築城。
その可成が討たれた後は、明智光秀が城主に。

現在は、本丸にアンテナ施設が建つものの概ねの普請跡を残し、宇佐八幡からハイキングコースが整備されている城跡。

訪問時、麓から割と急勾配な道を登って行くと本丸東側の竪堀に到達。
そして目につく石垣を確認しながら現代版の烽火台が建つ本丸へ。
事前調査をしておらず、本丸に掲示されていた縄張図を参考に二の丸や三の丸を巡り1時間程度で下山。
その結果、帰宅後に二の丸東腰曲輪にある石垣の存在を知り、1番の見どころを見逃したことが発覚。
今も後悔を残している、私の城郭巡りの167城目です。

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城郭情報

分類・構造 山城
天守構造 不明
築城主 森可成
築城年 元亀元年(1570)
主な改修者 明智光秀?
主な城主 森氏、明智氏
廃城年 元亀2年(1571)
遺構 曲輪、石垣、櫓台
再建造物
住所 滋賀県大津市錦織町487
問い合わせ先 大津市歴史博物館
問い合わせ先電話番号 077-521-2100