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朝田 辰兵衛

特別な思いの1.17~震災の日~ (2023/06/13 訪問)

阪神淡路大震災から29年…。震災の日が訪れました。日本列島は地震大国とわかっていても,1月1日の能登半島地震に嗚咽をおぼえました。越後でも新潟県中越地震,新潟県中越沖地震。そして,東日本大震災,熊本地震と,日本の日常が一瞬で壊滅。
個人的には,阪神淡路大震災の哀しみが一番深いです。伊丹の友人を失いました…。伊丹は駅舎がものの見事に崩れました。あの映像を見た衝撃は忘れられません。私は,JR新長田駅前の鉄人28号モニュメントで,阪神淡路大震災を回顧しています。新快速で通過しても,そのうしろ姿をとらえることができます。
能登半島地震も復興にあたり,なにかシンボル的存在が欲しいです。輪島の永井豪博物館も焼失してしまった様子ですので,デビルマンの巨大モニュメントなんかがあったらいいな…と。

にのまるさん,小倉におられたんですね…。あの映像と出火原因は,糸魚川火災とダブりました。糸魚川は年末でしたが…。完全に能登半島地震と羽田空港の航空機事故に飲まれてしまいましたね。九州から遠い江戸,武蔵や越後などでは「何ソレ?」って人が多い気がします。ゆっくりとメンタルの回復に努めてください。

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ぴーかる

湖北西部最大級の見応えある山城 (2023/12/02 訪問)

【清水山城】
<駐車場他>新旭森林スポーツ公園無料駐車場に駐車しました。管理事務所で城跡のパンフレットもらえます。
<交通手段>車

<見所>城館跡・堀切・主郭竪堀・主郭礎石建物跡・畝状竪堀群
<感想>現地説明板によると清水山城は1235年に佐々木信綱の二男高信が高島郡田中郷の地頭に任じられた頃に築城されたようです。その一族は鎌倉時代から戦国時代まで活躍し7族に分かれます。清水山城はその惣領家である佐々木越中氏が城主であったようです。

 スポーツ公園奥の<35.357236, 136.024478>にあるゲートを開けて入ります。まっすぐ進んで地蔵山石仏のある近くにもパンフレットのBOXがあります。城跡は大きく中腹にある城館跡と山頂一帯を山の形状に沿った造りの山城部分とに分けられます。まず城館跡に行きました。
 城館跡も西側と東側に分けられて中心にアリの背という谷ないし堀切で仕切っています。東館跡の多くは曲輪跡毎に売却されているようで個人所有者の名前の古い看板が置かれていますが建物は建っておらず、方形の曲輪と土塁遺構がしっかり残っています。西館跡が城館の主要部分だったようで、中心に幅5m程の大手道跡があります。西館跡は傾斜地なので高低差のある曲輪群が広がっていて所々に石垣が残っています。麓から主郭前まで重機を通した道で西館跡を縦断しているので、遺構を潰しているのが勿体ないです。
 西館跡から城跡までは当時は細い尾根筋、堀切2条ほどだったようですが現在は上記の道が通されています。城跡は主郭を中心に南西方向尾根に2郭・3郭があり堀切で仕切っています。2郭~3郭の堀切が巨大な高低差のある堀切で降りるロープが降ろしてありアスレチック気分が味わえます。3郭の奥にも緩傾斜の堀切(私には竪堀群に見えました)があり、2郭3郭一帯は見応えあります。主郭北側背後に大堀切があり北尾根曲輪群となっています。その北側に畝状竪堀群があり東側傾斜地は藪化していますが西側傾斜地は見応えある竪堀群が見られます。
 主郭は主郭部分だけを高い切岸にして周囲を竪堀数条で防御しています。曲輪の形状は山をそのまま水平に切った形をしていて、いびつで虎口1か所、西北部に礎石建物跡が残ります。南西方向の琵琶湖側が開けて眺望がとてもいいです。
 国史跡に選ばれるだけある大城跡、もう1城行こうと急ぎぎみで見てしまっても3時間程かかり次に行けませんでした。半日は時間を取ったほうがいいでしょう。百・続百名城に負けていない見応えある城跡でした。

<満足度>◆◆◆

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チェブ

続くって、凄い事。 (2023/12/06 訪問)

昨日 投稿した「高津戸城」からの帰り道、近くを通るので「彦部屋敷」に寄り道しました。

1561年に彦部 信勝さんが屋敷を構えたのが始まりのようです。現在の「彦部屋敷」は江戸時代の建築物です。
信勝さんは、13代足利 義輝将軍の側近でした。
信勝さん、情勢を探る為に関東に来ました。
将軍が殺害され、この時 父と兄も討死しました。
信勝さんは桐生の地に留まり彦部家の当主になりました。
素敵な古民家だなぁ、なんて軽い気持ちで観てしまった事を恥ずかしく思います。
この日は平日の夕方、開いてません。現在も子孫の方がお住まいとの事で、遠くからパチッとして退陣しました。

昨今の少子化問題や跡継ぎ不足で、伝統が途絶えてしまったニュースを目にします。
彦部家が今も続いているって、本当に素晴らしい事だと思いました。
大きな銀杏は、どれくらいの彦部家の歴史を見たのだろと思った「彦部屋敷」攻めでした。

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虎の子

城への交通手段実践レポート (2022/12/02 訪問)

東京駅から大手門徒歩10分
東京駅から楠公レストハウスまで徒歩10分(百名城スタンプ 10:00-15:30)
 ※スタンプは他に和田倉休憩所、北の丸休憩所にも設置

※春と秋の坂下門から乾門への通り抜け公開時期なら長屋門や道灌堀の傍を通れます
※東御苑は、富士見櫓、富士見多門櫓、天守台(三代目)や石垣、番所が見学でき、時期的には新緑や紅葉がおすすめ
※北の丸は田安門、清水門などの門めぐりがおすすめ

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虎の子

城への交通手段実践レポート (2020/02/10 訪問)

※梅の時期に曽我別所梅林散策と共に登城

8:20新宿(小田急)、9:16,9:18秦野(小田急)、10:29,10:37新松田(路線バス)、10:53下曽我駅入口
 (徒歩13分)曽我別所梅林散策 ※梅まつり開催中でした

13:17下曽我(JR)、13:22,13:42国府津(JR)、13:48小田原
 (徒歩10分)小田原城(百名城スタンプ 9:00-16:30 12月第二水休)

16:13小田原(小田急)、17:23新宿

※別所梅園は富士山と共に梅見ができるいい場所でした
※小田原城では早咲きの河津桜が咲いてました

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虎の子

城への交通手段実践レポート (2020/09/27 訪問)

※興国寺城、山中城、石垣山城と共に登城
※静岡駅前ホテルに前泊
7:06静岡(JR)、7:54,8:02原(コミュバス)、8:15東根古屋
 (徒歩1分)興国寺城(続百名城スタンプ 城内神社境内24HOK)

9:00東根古屋(コミュバス)、9:09,9:21原(JR)、9:36三島,10:15三島南口(路線バス)、10:45山中城跡
 (徒歩1分)山中城(百名城スタンプ 案内所24HOK)

12:40山中城跡(路線バス)、12:15三島駅南口,12:27三島(JR:熱海乗換)、13:15,13:40小田原(土日祝のみの運行バス)、13:58一夜城歴史公園
 (徒歩1分)石垣山城跡(続百名城スタンプ 駐車場トイレ前24HOK)

14:48一夜城歴史公園(土日祝のみ運行バス)、15:17,15:28小田原(JR)、16:21,16:27横浜(JR)、16:43小机
 (駅前)小机地区センター(続百名城スタンプ 9:00-17:00第四月休)
 (徒歩12分)小机城跡

18:24小机(JR)、18:29,18:36菊名(東急)、19:02渋谷

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虎の子

城への交通手段実践レポート (2020/09/27 訪問)

※興国寺城、山中城、小机城と共に登城
※静岡駅前ホテルに前泊
7:06静岡(JR)、7:54,8:02原(コミュバス)、8:15東根古屋
 (徒歩1分)興国寺城(続百名城スタンプ 城内神社境内24HOK)

9:00東根古屋(コミュバス)、9:09,9:21原(JR)、9:36三島,10:15三島南口(路線バス)、10:45山中城跡
 (徒歩1分)山中城(百名城スタンプ 案内所24HOK)

12:40山中城跡(路線バス)、12:15三島駅南口,12:27三島(JR:熱海乗換)、13:15,13:40小田原(土日祝のみの運行バス)、13:58一夜城歴史公園
 (徒歩1分)石垣山城跡(続百名城スタンプ 駐車場トイレ前24HOK)

14:48一夜城歴史公園(土日祝のみ運行バス)、15:17,15:28小田原(JR)、16:21,16:27横浜(JR)、16:43小机
 (駅前)小机地区センター(続百名城スタンプ 9:00-17:00第四月休)
 (徒歩12分)小机城跡

18:24小机(JR)、18:29,18:36菊名(東急)、19:02渋谷

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虎の子

城への交通手段実践レポート (2020/09/27 訪問)

※興国寺城、石垣山城、小机城と共に登城
※静岡駅前ホテルに前泊
7:06静岡(JR)、7:54,8:02原(コミュバス)、8:15東根古屋
 (徒歩1分)興国寺城(続百名城スタンプ 城内神社境内24HOK)

9:00東根古屋(コミュバス)、9:09,9:21原(JR)、9:36三島,10:15三島南口(路線バス)、10:45山中城跡
 (徒歩1分)山中城(百名城スタンプ 案内所24HOK)

12:40山中城跡(路線バス)、12:15三島駅南口,12:27三島(JR:熱海乗換)、13:15,13:40小田原(土日祝のみの運行バス)、13:58一夜城歴史公園
 (徒歩1分)石垣山城跡(続百名城スタンプ 駐車場トイレ前24HOK)

14:48一夜城歴史公園(土日祝のみ運行バス)、15:17,15:28小田原(JR)、16:21,16:27横浜(JR)、16:43小机
 (駅前)小机地区センター(続百名城スタンプ 9:00-17:00第四月休)
 (徒歩12分)小机城跡

18:24小机(JR)、18:29,18:36菊名(東急)、19:02渋谷

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虎の子

城への交通手段実践レポート (2020/09/27 訪問)

※山中城、石垣山城、小机城と共に登城
※静岡駅前ホテルに前泊
7:06静岡(JR)、7:54,8:02原(コミュバス)、8:15東根古屋
 (徒歩1分)興国寺城(続百名城スタンプ 城内神社境内24HOK)

9:00東根古屋(コミュバス)、9:09,9:21原(JR)、9:36三島,10:15三島南口(路線バス)、10:45山中城跡
 (徒歩1分)山中城(百名城スタンプ 案内所24HOK)

12:40山中城跡(路線バス)、12:15三島駅南口,12:27三島(JR:熱海乗換)、13:15,13:40小田原(土日祝のみの運行バス)、13:58一夜城歴史公園
 (徒歩1分)石垣山城跡(続百名城スタンプ 駐車場トイレ前24HOK)

14:48一夜城歴史公園(土日祝のみ運行バス)、15:17,15:28小田原(JR)、16:21,16:27横浜(JR)、16:43小机
 (駅前)小机地区センター(続百名城スタンプ 9:00-17:00第四月休)
 (徒歩12分)小机城跡

18:24小机(JR)、18:29,18:36菊名(東急)、19:02渋谷

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イオ

城下町めぐり (2024/01/08 訪問)

(続き)

犬山橋から天守に向かう道中には丑寅櫓跡があり、笹に覆われていますが櫓台の石垣が遺っていました。丑寅櫓の南側、ホテルの駐車場には内田門脇の外堀が見られます。

城からまっすぐ南にのびる通りはかつての大手道で、少し行ったところの洋菓子店前の長屋門の脇に犬山城三之丸武術稽古場跡の石碑が立てられています。そのはす向かいにある城とまちミュージアムとからくりミュージアムは前回訪れているので今回はポチのみにとどめ、さらに行くと西側に大手門枡形跡発掘調査地が広がり、説明パネルが掲示されていました。

いろんなお店が建ち並ぶ城下町に行く前に、西側にそれて常満寺へ。常満寺には松の丸裏門が山門として移築されています。また、犬山成田山の西麓には瑞泉寺の山門として内田門が移築されています。移築門は他にもあるようですが、少々離れているのでまた今度。

大手道に戻ると趣のある街並みが続き、高札場があった本町には火の見櫓が復元され、石碑や説明板が立てられています。食べ歩きできるようなお店も多く、この日もたくさんの人で賑わっていました。五平餅のお店を出てふと振り返ると街並みの間に天守が! 城から歩いてきたので気付きませんでしたが、犬山駅からだと天守を仰ぎ見ながら城下町を散策できるんですね。これは人気になるわけだわ…。旧磯部家住宅や旧堀部家住宅など、公開されている町屋や武家屋敷も多く、街歩きとしても楽しめます。そして、どんでん館と犬山駅観光案内所でニッポン城めぐりのイベントを制覇し、犬山城下を後にしました。

今年の城めぐり一年の計に挙げていることもあり、城初めは国宝五城の犬山城にしてみましたが、川越しに見ても間近で見ても映える天守を、城下町からも眺められると知ったのは思わぬ収穫でした。次の機会には食べ歩きしながらゆっくり城下町を楽しみたいと思っています。
 

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todo94

城址周辺の散策も含めて (2023/12/09 訪問)

この日最後の攻城です。赤い城さんの投稿で2時間もかかるハイキングコースはアウトだなと思っていました。dougenさんの投稿にある駒場地区から登城しましたが、難台山への表示がしっかりとあって迷うことなく、攻城することができました。城址のあたりの説明板は地面に落ちていて城としての趣もさほど感じることができません。山頂の方が中世山城らしさを感じることができるのではないかなと思います。屛風岩、小田五郎追弔碑などもしっかりと回ってこの日の攻城を無事終えることができました。難台城址入口の看板のある説明板から山頂まで私の足で20分足らずの所要でした。麓から山頂まででも35分くらいでしょうか。私の登城ペースはかなり速いのであまり参考にはならないかと思いますが。

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トク

88【関ケ原の26人】(25)島津豊久 (串木野城-豊久生誕の地) (2024/01/08 訪問)

(25人目)は島津豊久です。
関ケ原にて義弘の身代わりとなり、まだわずか31才という若さで亡くなった豊久。彼はなぜそのような状況に至ったのでしょうか? これから彼のその短くも壮絶な人生を追って行こうと思います。まずは豊久生誕の地「串木野城」を訪れてきました。

豊久は島津四兄弟(義久、義弘、歳久、家久)の末弟「家久」の嫡男です。伊作城で生まれた家久は、祖父の日新公から教えを受けた後、23才の時の1570年、父の貴久より串木野の地頭職を与えられてここに移り、この串木野城を居城としました。そして同年に豊久はここで生まれます。

JR鹿児島本線「串木野駅」から徒歩で20分、串木野城は標高30mの小高い丘の上にありました(写真①)。入口には串木野城跡の標識と説明板がありました(写真②③)。ここから入って行きます。途中に地頭仮屋跡がありここが政治の中心だったようです。武家屋敷門も残っていました(写真④⑤)。

登城口(写真⑥)を過ぎ城跡に入ると、大部分が竹藪におおわれていてうっそうとしていました。当時は竹藪などないので、当時の様子がちょっとつかめにくいです。でも逆に竹の香りに包まれて何かいい感じです。六つの曲輪があり空堀で仕切られていたようです(写真⑦)。所々に少し広い空間があり、ここが曲輪の跡だと思います(写真⑧)。この空堀の掘り方、いかにも島津らしいと感じました。

登城口前には、兄の義久が義弘の朝鮮出兵を見送ったとされる南方神社(写真⑨)や、5分程北へ歩いた所には、家久が父貴久亡き後にその御霊を祀り、朝夕に拝んだという大中公の廟もありました(写真⑩)。

まだ若き29才の家久は、父貴久が薩摩大隅を統一できた事への神仏へのお礼と見分を広めるため、ここ串木野から5カ月かけてお伊勢参りや京都や大坂を旅してきたようです(あの時代によくまあ行けたものだ🤔)。その時、京で本願寺攻めから戻る信長の軍勢を見るも信長は馬上で眠っていたとか、また坂本城に本名(島津の子である事)を隠して訪れ明智光秀にも会ったとか・・・ そして無事帰還した際には、この串木野城の沿道で地元の人々が盛大に出迎えてくれたとか・・・ 四男坊は結構自由気ままに生きていたのですね~。

しかし自由気ままな生活もそこまで。1584年36才になった家久は、兄義久の命により南下し薩摩を脅かすようになった佐賀の龍造寺隆信と決戦するため、ここ串木野から出陣します。そして13才になった豊久も同行し初陣を飾ったようです。

次は、その豊久初陣の地「森岳城(島原城)」と「沖田畷合戦の地」を訪れます。
 

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虎の子

城への交通手段実践レポート (2020/09/26 訪問)

※浜松城、掛川城、諏訪原城とともに登城
7:10品川(新幹線)、浜松8:27
  (徒歩20分)浜松城(続百名城スタンプ 8:30-16:00)
10:08浜松(JR)、10:35掛川 ※or10:25浜松(新幹線)、10:37掛川
  (徒歩12分)掛川城(百名城スタンプ 二の丸御殿9:00-17:00)
  ※掛川駅構内観光協会で高天神城のスタンプ押印も可能でした
12:17掛川(JR)、12:31金谷
  (徒歩24分)諏訪原城(続百名城スタンプ 諏訪原城ビジターセンター 10:00-16:00月休)
14:32金谷(JR)、15:03静岡
  (徒歩16分)駿府城(百名城スタンプ 9:00-16:00月休)
  ※静岡駅付近泊

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虎の子

城への交通手段実践レポート (2020/09/26 訪問)

※浜松城、掛川城、駿府城とともに登城
7:10品川(新幹線)、浜松8:27
  (徒歩20分)浜松城(続百名城スタンプ 8:30-16:00)
10:08浜松(JR)、10:35掛川 ※or10:25浜松(新幹線)、10:37掛川
  (徒歩12分)掛川城(百名城スタンプ 二の丸御殿9:00-17:00)
  ※掛川駅構内観光協会で高天神城のスタンプ押印も可能でした
12:17掛川(JR)、12:31金谷
  (徒歩24分)諏訪原城(続百名城スタンプ 諏訪原城ビジターセンター 10:00-16:00月休)
14:32金谷(JR)、15:03静岡
  (徒歩16分)駿府城(百名城スタンプ 9:00-16:00月休)
  ※静岡駅付近泊

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虎の子

城への交通手段実践レポート (2020/09/26 訪問)

※浜松城、諏訪原城、駿府城とともに登城
※掛川駅から掛川城にまっすぐ進むと橋渡ったすぐに旧掛川城址(懸河城址)があります

7:10品川(新幹線)、浜松8:27
  (徒歩20分)浜松城(続百名城スタンプ 8:30-16:00)
10:08浜松(JR)、10:35掛川 ※or10:25浜松(新幹線)、10:37掛川
  (徒歩12分)掛川城(百名城スタンプ 二の丸御殿9:00-17:00)
  ※掛川駅構内観光協会で高天神城のスタンプ押印も可能でした
12:17掛川(JR)、12:31金谷
  (徒歩24分)諏訪原城(続百名城スタンプ 諏訪原城ビジターセンター 10:00-16:00月休)
14:32金谷(JR)、15:03静岡
  (徒歩16分)駿府城(百名城スタンプ 9:00-16:00月休)
  ※静岡駅付近泊

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にのまる

爽快!! (2023/10/21 訪問)

関東の私鉄沿線のお城はJRのお得切符期間外にふらっと出かけるのが大体のパターンです。加えてこの日は翌日からの7連勤に備えて城成分を補充しておこうと出かけました。

小川町駅から熊谷駅行きの路線バスで「ワイナリー入口」下車。
初めて行く町の路線バス。楽しいです。
下車してから「どっちだー?こっちかー?ちがうかー?」と迷いながら歩くのも楽しいです。
バス停から30分くらいで到着予定で、ざっくりアッチ方面だなと思いながら歩いていると、遠くに見える山の頂に何か建物が見えました。
あんな山の上に一体何???
気になる…行ってみたいなぁ…。
でも無理だろうなと諦め、遠くから写真だけ撮って目的地の高見城(四津山神社)へ向かいました。

そして無事、四津山神社入口の鳥居に到着。
山頂に神社と城跡があるようです。長い参道ですが歩きはじめるといつもの心地よい疲労感。この感覚と時間が好きです。
犬走り跡の案内がありましたが道が不安だったので行かずに不動明王尊のある広場へ。ここから階段を登ると一気に神社(本郭)のようですが、右側の女道経由で行ってみました。
右手に二郭・三郭が広がります。かっこいい堀切もありました。
神社として整備されているという認識だったので、城遺構がこれほど保存され体験できるとは思っておらず、驚きと感動と感謝でとても嬉しかったです。

そして本郭の心地よさ!
視界も良好。
ずーっと歩いてきた一本道が眼下に見えます。
と、ここで初めて気がつきました。
歩きながら遠くに見た『てっぺんに何か建っている山』って、ここじゃんっ!!
…行くの無理どころか、目的地そのものだったというオチでした。



※年始の長い無言期間、ご心配をおかけしました。飛行機は利用しませんでしたが、1月3日の北九州の商店街の火事の直前に小倉駅にいたのでびっくりでした。懐かしい街が元に戻りますように。

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虎の子

城への交通手段実践レポート (2020/09/26 訪問)

※掛川城、諏訪原城、駿府城とともに登城
7:10品川(新幹線)、浜松8:27
  (徒歩20分)浜松城(続百名城スタンプ 8:30-16:00)
10:08浜松(JR)、10:35掛川 ※or10:25浜松(新幹線)、10:37掛川
  (徒歩12分)掛川城(百名城スタンプ 二の丸御殿9:00-17:00)
  ※掛川駅構内観光協会で高天神城のスタンプ押印も可能でした
12:17掛川(JR)、12:31金谷
  (徒歩24分)諏訪原城(続百名城スタンプ 諏訪原城ビジターセンター 10:00-16:00月休)
14:32金谷(JR)、15:03静岡
  (徒歩16分)駿府城(百名城スタンプ 9:00-16:00月休)
  ※静岡駅付近泊

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虎の子

城への交通手段実践レポート (2024/11/05 訪問)

9:00新宿(JR,りんかい線)、9:25東京テレポート
 (徒歩12分)お台場海浜公園管理事務所(続百名城スタンプ 9:00-16:30?)
 ※現在スタンプはマリンハウス1階に設置されているようです
 ビーチ沿いに歩いて第三台場を散策
 ※帰りは、台場辺りをうろうろしてレインボーブリジを歩いて渡って田町駅まで
  レインボーブリッジは、ゆっくり歩いていろいろ立ち止まって景色を楽しんでも1時間ちょいです
  天気のいい日には是非おすすめ

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しんちゃん

巨大な山城と化した御本陣山の中心部。 (2019/05/02 訪問)

太閤ヶ平陣は羽柴秀吉が鳥取城を攻めた時の本陣が置かれた場所です。東側一帯に中継所が設けられていて、東照宮より舗装された道が続いています(徒歩ですが)。開発の手が伸びてきてはいますが国の史跡に登録されており、よくぞ遺構を壊さずに残しておいてくれたと思います。
本陣の置かれた帝釈山(御本陣山)から鳥取城の築かれている久松山まで遊歩道が続いていますが、周囲にこれでもかとばかりに陣城が築かれています。まるで御本陣山そのものが巨大な山城のようであります。本陣周辺にも土塁や空堀が非常に良好に残っていて東と南に虎口が設けられ土橋がかかっています。枡形など複雑な防御の構えは有りませんが、それが必要ないほど本陣の周囲の守りは固いのだと思います。

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虎の子

城への交通手段実践レポート (2021/05/03 訪問)

9:08新宿(京王)、9:57,10:03京王八王子(路線バス)、10:22滝山城址下
 (徒歩6分)滝山城跡(続百名城スタンプ 24HOK) ※中の丸にスタンプあります
 ※お弁当持って城跡尾根をハイキング的に横断する形でゆっくり散策
 ※帰りに道の駅八王子滝山に立ち寄り
14:25道の駅八王子滝山入口(路線バス)、14:35,14:51京王八王子(京王)、15:33新宿

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