積善寺城は「しゃくぜんじじょう」と読みます。「せきぜんじ」だと思ってたのに‥。しゃくぜんとしない(ポカッ!)。
天正13年の豊臣秀吉の紀州攻めの際には、豊臣の軍勢が10万を超えるのに対して、根来・雑賀衆は9千人程度が沢城・積善寺城・畠中城・千石堀城などに詰めていたようです。
千石堀城が陥落したのち、積善寺城も攻撃を受けますが、この時には増援を含め9千以上の兵が城内にいたようです。
城址に関する遺構は残っていません。かつてあった堀(溝)も宅地化に伴って埋められているようです。東を流れる近木川が天然の堀の役目を果たし、集落に向かう橋の手前に案内板が立ち、城址に向かうという雰囲気を盛り上げてくれます。この橋は一方通行の上、交通量も多いので写真撮影の際には注意が必要です。
追記‥「赤いヤリ」の投稿に二番槍の「緑のヤリ」の写真を追加して、タイトルを「一番槍と二番槍」に改修しました。
追っかけで見ていただけると有難いです。三番槍はホームランバーかな‥(ポカッ)
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