京都新城は聚楽第が破却された後に豊臣秀吉によって秀頼のために築かれたとされています。秀頼が実際に使用した期間は短く(それすら確かでない)秀頼は大阪城を居城としています。その後は秀吉の正室である高台院と養子である羽柴利次によって使用されたそうです。
関ヶ原の合戦の後、利次は大名から寄合旗本に降格され、江戸に屋敷を与えられ、新城は収公され、寛永4年(1626)に仙洞御所の敷地となり建物は解体されたそうです。
メインの写真は新城跡とされる仙洞御所のもので2017年に訪れた時のものです。京都・西本願寺の飛雲閣は新城の遺構とする説があるようです(聚楽第にもにたような伝承があったと思います)。西本願寺には最近、再訪しており写真はその時のものです。
2020年の仙洞御所での発掘調査の際には石垣や堀跡、金箔河原が見つかり、2023年の調査では堀にあった石垣の遺構が出土し、堀の幅は10.8mと確認されたそうです。さらなる発掘調査が期待される所で、公開されたら見に行きたいと考えています。
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