なばりじょう

名張城

三重県名張市

別名 : (名張陣屋)
旧国名 : 伊賀

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じゅんじん

陣屋 (2009/11/17 訪問)

藤堂藩の陣屋になります。

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ぴーかる

名張藤堂家邸跡 (2019/09/16 訪問)

【名張城】
<駐車場他>名張藤堂家邸跡横公民館P3台程度分無料あり。
<交通手段>車

<見所>邸宅・移築現存長屋門
<感想>日帰り伊賀攻城の旅2城目。名張藤堂家は藤堂高吉が立藩した地で高吉は藤堂高虎にまだ嫡子ができてなかった頃、丹羽長秀の三男を養子に迎えたが、のちに高虎に実子(高次)ができ、高次の代に高吉は津藩の東端に2万石で移封されたところ。
 藩邸は小高い丘上にあり、屋敷は一部しか現存していない。表看板に邸内撮影禁止を気付かずに受付で撮影OKかと尋ねたら、OKだったので撮影できた。本来禁止なので今回は添付致しませんのでご了承を。
 邸宅は現在残っているのは小さく、庭園も僅か。邸内に書状諸々と藤堂采女の甲冑がある。高虎の黒漆塗唐冠形兜のうさぎ耳の進化盤で本当によく聞こえるように筒状のメガホンのような形で面白い。
 邸宅を出て北西に移築現存の長屋門がある。修復(長屋部分の瓦は明らかに葺き替えられている)はしているが綺麗な状態で残されているので見応えあった。

<満足度>◆◆◇

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丹羽長秀の三男 (2019/09/28 訪問)

 名張小学校の前には藤堂家屋敷があり、その隣の寿栄神社には移築された太鼓門があります。

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あんらくごえ

初代藩主藤堂高吉は丹羽長秀三男、小藤堂と呼ばれた猛将 (2019/05/04 訪問)

藤堂高吉公の波乱万丈人生
丹羽長秀三男→羽柴秀長養子→藤堂高虎養子→今治2万石→蟄居→実子高次が嫡子に→名張5千石
悲劇的な人生を送りつつちょいちょい病気に掛かってますが92歳で大往生しています。本人の気持ちはともかく戦国→江戸の経て数多の大名家が滅亡、改易されていく中きっちり血筋を残せたのは結果的によかったのではないでしょうか?ちなみに藩主の諱を途中から高から長一字に変わっていたり独立騒動を起こすなど名張藤堂家は本家としこりがあったみたいです。
邸宅の中の資料でひときわ目を引いたのは藤堂采女着用伝の赤い甲冑です。高虎の兜以上にウサ耳度が高いです。写真撮影禁止なのが残念ですが、甲冑にも興味あるかたは一見の価値ありです

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城郭情報

分類・構造 丘城、(陣屋)
天守構造 なし
築城主 松倉重政
築城年 天正13年(1585)
主な城主 松倉氏、梅原武政(藤堂氏家臣)、名張藤堂氏
遺構 屋敷、移築門(寿栄神社)
再建造物 説明板
住所 三重県名張市名張市丸之内54-3(名張藤堂家邸跡)
問い合わせ先 名張藤堂家邸
問い合わせ先電話番号 0595-63-0451