なばりじょう

名張城

三重県名張市

別名 : (名張陣屋)
旧国名 : 伊賀

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江戸末期の絵図
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名張陣屋 (2021/11/19 訪問)

高台に陣屋があります。現存遺構の西側、道路沿いに文化三年の絵図を載せた説明板があります。城びと先達のレポートにこの写真がなかったのでアップします。かつての大手門から御殿(現存遺構)までは道が屈曲してましたが、現在は、大手門から御殿前に直進する通りがつけられてます。御殿内の展示は、数奇な人生となった藤堂高吉への名張の人々の愛が感じられました。
青空に銀杏の黄色が映えてました。

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カズサン

名張藤堂家邸跡 (2014/05/02 訪問)

 7年前の5月連休、柳生の里柳生陣屋を終えて月ヶ瀬の名張川沿い細い道をナビを頼りに名張市名張陣屋を目指す、丁度名張陣屋の北東下に観光駐車場が在りそこを利用。
 駐車場から南西に陣屋跡名張藤堂家邸跡が高台に構えてる、東隣の名張小学校も元名張陣屋の跡地、高台に歩いて直ぐに石垣基礎に白壁土塁に囲まれた屋敷、名張藤堂家邸跡が有り(資料館200円)内部邸内と資料展示を見学、残念なのは陣屋正門太鼓門を見学失念した事(近くの寿栄神社に移築門として残ってる)です。現存屋敷は往時の1/10位か?

 初代の藤堂高吉は織田信長重臣丹羽長秀の三男、豊臣秀長の養子と成り後、藤堂高虎に子が無く養子に望まれ藤堂家へ高虎に実子が出来高虎死後は実子高次が藤堂家の家督を継ぐ、高吉は養父高虎と朝鮮の役、関ヶ原の戦い、大坂の陣などで戦功をあげてるほどの武功もの、藤堂藩内に2万石を領し名張に名張藤堂家を構え名張の基礎を築き寛文10年(1670年)92歳で生涯を名張で終えた。(パンフレット抜粋)

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前ちゃん

名張藤堂家 (2021/02/23 訪問)

丹羽長秀の三男として生まれ、豊臣秀長→藤堂高虎へと養子として送られた。実父の死去から秀吉に疎まれ、藤堂家に嫡男が生まれると、疎まれ幕府との繋がりを絶たれた。

藤堂高吉辛かったろうに。

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じゅんじん

陣屋 (2009/11/17 訪問)

藤堂藩の陣屋になります。

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城郭情報

分類・構造 丘城、(陣屋)
天守構造 なし
築城主 松倉重政
築城年 天正13年(1585)
主な城主 松倉氏、梅原武政(藤堂氏家臣)、名張藤堂氏
遺構 屋敷、移築門(寿栄神社)
再建造物 石碑(名張藤堂家邸跡)、説明板
住所 三重県名張市丸之内54-3(名張藤堂家邸跡)
問い合わせ先 名張藤堂家邸
問い合わせ先電話番号 0595-63-0451