おおがじょう

大桑城

岐阜県山県市


旧国名 : 美濃

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主郭から見た山県市の眺望
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くっしー

登るのしんどい (2020/02/09 訪問)

選択肢は2つあって、登城時間60分のコースと20分のコースがあって。60分のコースで登り、20分のコースで下りました。
かなり険しくて、しんどかったです。
とても大きな頂上部の尾根は大きく二か所で切られているのですが、主郭跡はその東側とされています。
個人的にはちょっと納得いかないですが、確かに堀切間にある曲輪も小さいので主郭ではないのかな…

それよりもこのお城の特徴はあちこちに石垣が残っていることです。信長以前でこんなに石垣が残っているのは観音寺城ぐらいではないかな。(観音寺城ほど立派ではないけど。)

それから、谷状に曲輪群が続いているのも大きな特徴です。この件については、「戦国・大桑城シンポジュウム」という投稿をするので、そこで説明します。

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天下布武

今、ときが動き出す (2020/01/19 訪問)

大桑城は美濃守護土岐氏の最後の居城として、標高407.5mの古城山に築かれた山城で山麓には城下町も構成されました。
登山口は二か所整備されており、それぞれ説明板と駐車スペースがあります。
1.椿野広場側登山口(35.553927, 136.769858)-山麓からの登山口となり山頂までは約1時間となります。
2.はじかみ林道登山口(35.561444,136.772922)-はじかみ林道経由で中腹まで上がるため時短コースとなります。

大河の影響により整備が施されたようなので確認の為椿野登山口より城址全域を再確認しようと再訪登城しました。
遺構の案内等や急勾配部にロープが新たに設置されたり、木が伐採され竪堀等の遺構がかなり見易くなっているのが嬉しいです。
今日も2018年時に登った時と比べると多くの人が訪れるようになったようですが、土岐氏×斎藤氏との国盗りがあった地として大河ドラマ関係で触れられたらさらに訪城者が増えるのでしょうね。
下山後、周辺スポットで明智光秀の墓所とされる「桔梗塚(山県市中洞1020)」へ寄ってから、本日放映開始する「麒麟がくる」を楽しみに帰路についた。

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クマちゃんパパ

撮影

VR

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カズサン

美濃守護土岐氏最後の居城 (2019/11/30 訪問)

 前々から気に為って居り山城サミット可児大会の城紹介コーナー大桑城の担当の方から情報を得て、中腹まで車で行け駐車場が有ると資料を頂き初登城しました。
 大桑地区に入る処で城下防御の四国掘りを探訪し、幟旗沿いに進行し大型バス駐車可より直ぐの古城山登山口(ここは健脚コース)、さらにはじかみ林道を紅葉を眺めながらゆっくり2.7km九十九折を進行し中腹の駐車場に小型車20台は可能。
 はじかみ林道登山口、登城口から案内書には約750m、時間20~30分と有り登城開始、私の足では休み休みで50分、降り30分でした。登りの階段、上部の方では急峻な崖道をロープの助けを借りて登る箇所が三ヶ所あり気が許せません。
 伝天守跡にはミニ模擬天守、遠くには金華山の岐阜城の影が小さく眺望できます、見晴らしは絶景です、厳しい山城ですが沢山の方が登城されて居ました。
 「土岐氏最後の居館、大桑城」「明智光秀ゆかりの地」二つの幟が通り沿い、あっちこっちに立てられて居ます、来年の大河の盛り上がりが感じられます。
 
 大桑城のパンフレットによると守護土岐氏は1535年、長良川の洪水をきっかけに、山県市大桑地区に守護所を移し大桑城や城下町を整備、その後斎藤道三に攻められ落城、土岐頼芸は追放され大桑城は守護土岐氏の最後の居館と成った。(1542年一時、1552年再び土岐氏滅亡)

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城郭情報

分類・構造 山城
築城主 大桑又三郎
築城年 鎌倉時代
主な改修者 土岐定頼
主な城主 大桑氏、土岐氏
廃城年 天文16年(1547)
遺構 曲輪、土塁
指定文化財 市史跡
再建造物 模擬天守(ミニチュア)
住所 岐阜県山県市青波
問い合わせ先 山県市産業建設部産業振興課
問い合わせ先電話番号 0581-22-6830