かつやまじょう

勝山城

山口県下関市

別名 : 且山城、[勝山御殿]
旧国名 : 長門

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todo94

勝山御殿 (2013/05/11 訪問)

勝山御殿跡は、下関戦争を受けて、沿岸に位置する櫛崎城は外国からの砲撃の危険があると言うことで長府藩が短期間で急造した城。石垣はとても立派だが、堀もなく防備の点では問題がある。藩庁としての機能だけを期待しているならばこれで良いのかも知れない。

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にのまる

勝山城と勝山御殿 (2018/03/03 訪問)

四王司山・勝山・青山の三山のうちの一つ、勝山の山頂にあるのが「勝山城」で1378年に大内氏の家臣が築いたとされる。曲輪や櫓跡が残るそうだが今回は登城せず。

麓にあるのが「勝山御殿」で今回行ったところ。
幕末、海岸近くにあった毛利の長府藩邸、櫛崎城が危険になったため領民総動員で急遽、突貫工事で内陸に造られた。
廃藩置県後に解体されたが、建材は覚苑寺の庫裏や宮殿、了円寺の山門などとして残っている。

山の方もそのうち攻めてきます(`_´)ゞ

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BUGTI

中世山城と幕末の御殿 (2017/07/01 訪問)

幕末に突貫工事で作ったにしてはかなり立派。石垣の積み方が変わっている。

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ヒデタカ

勝山御殿 (2014/08/02 訪問)

幕末期の毛利氏の拠点です(^○^)

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イベント情報

  • 2018年06月30日(土)~2018年08月12日(日)

    勝山城

    九州歴史資料館企画展「幕末の城―近世の沿岸警備と幕末期城郭―」

    江戸時代は「天下泰平」とは限らない!「天下泰平」の世の絶え間なき異国に対する沿岸警備、そして幕末の激動の時代に築かれていく新たな「城郭」…。企画展では、沿岸警備のために築かれた遠見番所や烽火台(のろし台)、さらには幕末に築かれた台場や御殿・館などの幕末の「城」を紹介。7月22日(日)には、高槻市立しろあと歴史館前館長の中西裕樹さんによる記念講演会「台場から読み解く幕末ー徳川幕府をめぐる政局と海防ー」も開催される。観覧料:大人200円・高大生150円・65才以上と中学生以下は無料。

※ 内容は変更となる可能性があります、予めご了承くださいませ。

城郭情報

分類・構造 山城、[陣屋]
築城主 永富嗣光[勝山城]、毛利元周[勝山御殿]
築城年 永和4年(1378)[勝山城]、文久3年(1863)[勝山御殿]
主な城主 永富嗣光、内藤氏、大内義長、入江箸親(毛利氏家臣)[勝山城]、毛利氏[勝山御殿]
廃城年 不明[勝山城]、明治6年(1873)[勝山御殿]
遺構 曲輪、石垣[すべて]、堀切、竪堀[勝山城]、御殿跡[勝山御殿]
再建造物 説明板[すべて]
住所 山口県下関市小野(地図は勝山城を示す)
問い合わせ先 下関市総務部勝山支所
問い合わせ先電話番号 083-256-2001