現地案内板より抜粋
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2022/09/15 12:13
名胡桃城址縄張図 (2016/10/30 訪問)
現地案内板より抜粋
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2022/09/15 09:51
北馬出に鉄骨塀が復元 (2022/09/11 訪問)
駿府城で静岡市歴史博物館プレオープン見学、葵舟乗船、情報館きゃっしる等探訪し、静岡市清水区東端の蒲原城を探訪終えて、帰路島田市に在る諏訪原城に寄る。
火ノ島豊後守正宗さんの9月2日登城、9月5日投稿の写真の中、北馬出写真に鉄骨塀が写ってる?新しく増設されたのかな?との思いも有り夕刻に成りましたが16時半から17時に登城して、二の曲輪北馬出を中心に探訪しました。
確かに北馬出の西側、薬医門から西側北馬出に土壇を築きその上に鉄骨塀が板屋根付きで出来上がって居ました、以前から有った中馬出からの続き鉄骨塀と同じ構造です。既にビジターセンターも閉まって居り復元建設の様子を聞くすべも無く、島田市のHP、博物館課文化財係に問合せ今年3月に復元完成したとの事でした。
最終的には鉄骨塀のままでは様にならず、板塀にするのでしょうが、整備復元には時間が掛りそう。見守って行きます。
諏訪原城も夏草に覆われてどこの山城とも同じこと、しかし通路は問題なく散策出来、見所の中馬出北側と北馬出、外堀北側、二の曲輪外堀沿い北側は草が刈って有り大変ありがたい、刈った草場辺りは長靴がよろしいかと思われます。
昨年9月11日が最終探訪日でしたが1年ご無沙汰すると北馬出に新しく塀が出来てる、新しく発掘調査が始まってるとか、変化を感じます、中馬出、同三日月堀の整備も始まるそうです。
定期的に探訪しないといけませんね。
火ノ島豊後守正宗さん投稿写真ありがとうございました。
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2022/09/15 00:54
ほの門 (2022/06/10 訪問)
ちょっとヒリヒリしたにの門を抜けると、ぱっと明るいところに出ました。天守群はもう目の前で、遂に難関を突破したかと思いきや、門はまだまだ続きます。にの門の次はほの門です。
ほの門は埋門で、すぐにのぼり階段になっています。門にも種類がたくさんありますが、控えめでありながら防御力に優れ、塞がれたら即、戦意喪失してしまいそうな埋門が私はいちばん好きです。
ほの門を潜ると右手にあるのが油壁。鬼ノ城で見た築地塀を小さくしたような版築壁ですが、小さなほの門から見ると存在感を感じます。一見仕掛けはなさそうだけれどとてつもなく頑丈な壁は、当時は白漆喰仕上げ。きっと簡単には通させないぞと立ちはだかっていたのだろうと感じました。
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2022/09/14 23:31
これで,続日本100名城の書き込み完了です。 (2022/03/20 訪問)
宣言してから長かったですが,続日本100名城の書き込み完了です。これで,ゴールド3つ並んだハズ。実は,ラストをどこにしようかと画策しておりました。眺望のイイところで,天候に恵まれたところにしようかな…と。それで,座喜味城にしました。
越後に住みながら寒いのはキライで,移住するなら那覇か福岡天神が候補地というひいきもアリで…<笑>。
座喜味城ですが,ここも那覇中心部から路線バスでアクセスしました。
県庁北口→高志保入口間 路線バス(28番:読谷線),高志保入口バス停から,徒歩約25分で座喜味城公園入口到着。
公園に入り,しばらく歩くとグスク特有の石垣曲線美が見えてきます。
スタンプ設置場所のユンタンザミュージアムへは,座喜味城散策を終えてから入館しました。
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2022/09/14 22:22
真田氏発祥の地? (2022/08/21 訪問)
天徳寺周辺が城跡で駐車場もあります。
山門から入り左手の与一堂に説明板があります。
城では物見台だったのでしょうか。
天徳寺背後には墓地があり、北東部には土塁が残っていますがかなり低くなっていて良くわからない感じでした。
周辺の低くなっている辺りは堀跡と思われますが遺構はありません。
あの真田氏の発祥の地とされています。
元々は佐奈田と書かれていたそうです。
ロマンを感じることはできますね。
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2022/09/14 14:01
柳本陣屋絵図と空からみた柳本藩邸遺跡 (2017/01/07 訪問)
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2022/09/14 13:59
目加田城古図、明治期地籍図(目賀田城付近) (2017/12/29 訪問)
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2022/09/14 13:56
木津城跡現存範囲図 (2019/10/20 訪問)
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2022/09/14 10:33
2022/09/14 09:56
坤櫓鯱の目は金箔で光ってる❕ (2022/09/11 訪問)
静岡市歴史博物館プレオープン見学、葵舟で中堀めぐりを終えて5月16日駿府城登城以来4ヶ月振りさらっとめぐってと思って居たのですが、葵舟の船頭さんの説明で坤櫓の鯱の目は金箔で光ってると言われ、船上でチラッと見えた感覚は有ったのですが、近くで確認をと鯱の目をカメラの望遠レッズ最大にして確認、確かに金色であり金箔が貼って有るのだろう。後で巽櫓の鯱の目には金箔は貼って無く全体と同色でした。
巽櫓、東御門エリアは仮設の足場が中堀外側に架けて有り、令和5年正月完成を目指してライトアップ整備工事中でした。
昼食は駿府城公園内の児童公園エリアにある売店、移動車カフェ3台があり、焼きそばを選び頂く400円なり。
昼食後天守台発掘エリアを見学、発掘情報館きゃっしるも訪問、発掘土砂保護のシートが新しく成り、天正期、慶長期天守の発掘表示板も良く観える様に成って居り見学し易い、情報館には今後の天守台跡の整備計画が展示して有り、4年の歳月を掛けて、高い所から全体を見下ろす場所、掘り進んだ堀底から天守台石垣を近くで見る所などを造り、天守台跡には一部石垣の追加?土を盛りなどして地表展示整備を行い見える化していくようです。・・天守閣は建たないようで残念ですが?
約3時間超の訪問に成りました、9月中旬でしたが晴れて暑い日の探訪散策でした。
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2022/09/14 08:21
Global Gold September Campaign 2022 (2022/09/13 訪問)
小児がん啓発のためゴールドでライトアップされた広島城。すぺての子どもたちの健やかな暮らしを願って。
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2022/09/13 23:54
にの門 (2022/06/10 訪問)
はの門を潜り、土塀に沿ってぐるっとまわるとにの門が見えてきます。にの門の櫓上部を見上げると「十字紋の鬼瓦」。珍しい紋だそうですが、十字架ではないようです。
にの門へは天守を背にして進むので、仕掛けの中を歩かされている感で緊張してきます。右手の土塀と櫓は狭間&石落とし完備。狭い一本道を手招きされるまま吸い込まれていくしかない状況ですが、ここで振り返ると天守がどんっ!屋根が、破風が、懸魚が、窓が…密です。あんなに美しいと思った天守が何だか怖いです。魔物に見えます。見る場所や置かれた状況、気持ちの状態によって、こうも感じ方が変わるものかと驚きました。
そして飛び込んだにの門は鉄板で全面覆われていて天井も低く、カーブの先から光が射しているものの先が見えない、出会い頭に何が起こるかわからない恐怖を感じる門でした。
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2022/09/13 23:41
登り続けた先ではなく… (2021/07/23 訪問)
登り続けた先に赤木城…ではなく,登城ルートのピークは田平子峠。そこからしばらく下って赤木城となります。なので,行きも帰りも山を登ります。舗装された道なので安心しきっていると,爬虫類が元気に活動している姿を目にして驚くこともあるかと思います。
私は,小栗須バス停から,徒歩約60分で登城口到着。帰りは,5分短縮のペースでした。夏場なので上等かと思います。
しりとりでは苦労した記憶が甦ります…。
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2022/09/13 22:15
公園に土塁が残る (2022/08/21 訪問)
丸山城址公園として整備されていて駐車場もあります。
公園部分が主郭で土塁が一部残っていました。
虎口も見られます。
土塁には横矢がかかる部分もあります。
比企能員の乱で比企氏に付いた糟屋氏の居館とされます。
戦国時代には扇谷上杉氏の城となりました。
南側は国道246号線により消滅していますがこの辺りでも遺構がちゃんと残る貴重な城だと思います。
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2022/09/13 21:35
ばりばりのチューンナップを施せたのは (2022/05/01 訪問)
削り残しの土塁を擁する主郭をはじめ全体に高い加工度を誇る。これだけのチューンナップを施せる(施す必要があった)のは鎌倉以来の有賀氏でも戦国末期の千野氏でもなく、武田傘下の猛将・原虎胤の在城期なんだろうな。きっと。
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2022/09/13 21:12
浅小井城 (2022/09/04 訪問)
【浅小井城】
<駐車場他>駐車場はなし。
<交通手段>車
<感想>日帰り東近江ちょこ城巡りの旅4城目。浅小井城は多武木神社由緒書(ちょっと難解なので自信がありませんが)を要約すると、平安時代後期、浅小井氏はこの地に在住し北伊勢の深尾谷の盗賊を討伐後に深尾氏と名乗ります。10代元泰は京極佐々木氏に臣従し、11代元範は六角佐々木高頼の旗下にあって1501年浅小井城の築城を命ぜられ三代在住します。深尾氏の後は六角佐々木義賢は山中俊好を封与しましたが、織田氏が六角佐々氏を下したので伊佐氏の預かる所となり、秀吉時代には池田築後守(筑後守の誤り?)直輩を6万石で封じますが、1595年伊予松山に転封となった為に廃城・破却されたようです。
とりあえず多武木神社に行って周辺を見まわしましたが説明板らしきものもなく、本丸跡と思われる畑を撮影して帰宅後先達方の投稿を読み直して畑の真ん中に朽ちた説明板があったと思い出し撮った写真を拡大したら今でも朽ちたままでした。城情報では堀・石垣があるようなのですが・・・。
<満足度>◆◇◇
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2022/09/13 20:41
2022/09/13 13:46
第5回国際忍者学会甲賀大会・甲賀市内巡検にて登城 (2022/09/11 訪問)
国指定史跡。道路から30m程の高低差の間に土塁、堀切、枡形虎口と複数の曲輪を持つ山城。
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2022/09/13 12:34
兵庫県立明石公園ご案内、明石城絵図 (2013/05/22 訪問)
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2022/09/13 12:24
名島城址公園案内図、名島古城図 (2017/12/03 訪問)
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