ふしみじょう

伏見城

京都府京都市

別名 : 桃山城、指月城、木幡山城
旧国名 : 山城

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ランフランコ

#23 桃山城 (2022/12/29 訪問)

立派は立派なんですが模擬天守なんでね・・・ ロケーションはとてもいいです。

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しんちゃん

模擬天守だけど (2022/03/30 訪問)

醍醐寺の帰りに

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カズサン

御香宮神社に移築大手門在り (2011/04/11 訪問)

 親鸞聖人750年御遠忌大法要を故郷因幡組門徒衆と西本願寺でご縁にお会いした翌日、五條坂の大谷本廟の納骨堂、仏堂をお参りし昼食を伏見区京町の魚三楼で豪華京料理ランチを因幡の門徒衆と一緒に美味しく頂く、食後の休憩時間を利用して近くの御香宮神社へ、表門が伏見城からの移築大手門との事でしたので寄って伏見城大手門の観察見学、「香」の良い水が湧き出たとの由緒が有る御香宮神社を併せて参拝見学。
 御香宮神社住所:京都市伏見区御香宮門前町174  探訪日平成23年4月11日
 
 伏見城は模擬天守閣小天守を中学校の修学旅行で見学が最初の登城、高校研修旅行、社会人に成って1,2度で新幹線で目を凝らして眺める事数知れず、数十年近くには行っていません、移築大手門を見学出来たのは大変ラッキーでした。
 

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AJ

おたくの娯楽 (2017/04/30 訪問)

土木建築おたくの秀吉が贅の限りを尽くした道楽城との呼び声が高い伏見城。金持ちが今わの際にすることは古今東西似通っていますね。

もとは隠居城で、後に政権の公儀の城、関ヶ原前哨戦で焼けた後は家康が再建しますが、一国一城制で破却、遺構は「伏見櫓」などの名称で各地に残っているようです。初期の指月岡の遺構はマンション建築現場で偶然見つかったそうですが、今では石垣の一部が残る程度。大地震(1596)後に築かれた木幡山の城跡はほぼ全域が宮内庁の桃山御陵地に含まれるため、縄張りのトレースは困難だと感じました。とはいえ、一生懸命歩くと良いことがあるもので、距離感や高低差は想像以上に堪能できました。

1600年6月、会津討伐に出た家康から留守を託された鳥居元忠ら1800人は、この広大な敷地を西軍4万人に囲まれるも開城拒否。元忠麾下はほとんどが戦死し、数百人が切腹した部屋の床は供養のため「血天井」(撮影不可)として京都市の養源院などに残っています。合掌

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城郭情報

分類・構造 梯郭式平山城
天守構造 型式不明(指月山)[階層不明/1594年築/倒壊(地震)]、望楼型(木幡山)[5重?/1597年築・1601年再/解体]、複合式望楼型[5重6階/1964年築/RC造模擬]
築城主 豊臣秀吉
築城年 文禄元年(1592)
主な改修者 徳川家康
主な城主 豊臣氏、徳川氏
廃城年 元和9年(1623)
遺構 曲輪、移築門、石垣、横堀
再建造物 模擬天守、石碑、説明板
住所 京都府京都市伏見区桃山町
問い合わせ先 京都市産業観光局観光部観光企画課
問い合わせ先電話番号 075-222-4130