ふしみじょう

伏見城

京都府京都市

別名 : 桃山城、指月城、木幡山城
旧国名 : 山城

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AJ

おたくの娯楽 (2017/04/30 訪問)

土木建築おたくの秀吉が贅の限りを尽くした道楽城との呼び声が高い伏見城。金持ちが今わの際にすることは古今東西似通っていますね。

もとは隠居城で、後に政権の公儀の城、関ヶ原前哨戦で焼けた後は家康が再建しますが、一国一城制で破却、遺構は「伏見櫓」などの名称で各地に残っているようです。初期の指月岡の遺構はマンション建築現場で偶然見つかったそうですが、今では石垣の一部が残る程度。大地震(1596)後に築かれた木幡山の城跡はほぼ全域が宮内庁の桃山御陵地に含まれるため、縄張りのトレースは困難だと感じました。とはいえ、一生懸命歩くと良いことがあるもので、距離感や高低差は想像以上に堪能できました。

1600年6月、会津討伐に出た家康から留守を託された鳥居元忠ら1800人は、この広大な敷地を西軍4万人に囲まれるも開城拒否。元忠麾下はほとんどが戦死し、数百人が切腹した部屋の床は供養のため「血天井」(撮影不可)として京都市の養源院などに残っています。合掌

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橋吉

鉄筋コンクリート製の模擬天守 (2011/06/01 訪問)

伏見城は1592(文禄元)年8、豊臣秀吉が隠居後の住まいとするため築かれました。
しかし、地震によって倒壊しため、新たな城が1597(慶長2)年に築き直されました。
秀吉はその2年後に城内で没しました。

関ヶ原の戦いの際には家康の家臣鳥居元忠らが伏見城を守っていましたが、石田三成派の西軍に攻められて落城し建物の大半が焼失してしまいました。

1602(慶長7)年ごろ家康によってみたび再建されたが、1619(元和5)年に廃城とされた。

明治時代になり、城跡は宮内省の御料地とされ、明治天皇桃山陵、昭憲皇太后桃山東陵となったため、遺構調査も容易ではなく、年代によっては史料が不明な点も多いそうです。


1964(昭和39)年、伏見城花畑跡に遊園地「伏見桃山城キャッスルランド」が建設されました。
やがて、閉園することになりましたが、京都市に贈与され、現在では伏見桃山城運動公園として整備されています。

小高い丘を登っていくと妙に立派な駐車場の門が目に飛び込んできます。
バイク・自転車は無料です。

大天守は姫路城を模したものであり、小天守は彦根城を模して作った全く史実に基づかない鉄筋コンクリート製の模擬天守です。
耐震基準を満たしていないことから模擬天守は内部非公開となっています。

2007年、映画撮影のため東映が約1億円を負担し、装飾を直して大坂城に見立てた改修がなされたそうです。
このため、表からは綺麗に見えるのですが、

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昌官忠

次男と二人で1泊2日の関西遠征⑥ (2018/09/23 訪問)

「次男と二人で1泊2日の関西遠征」の6城目は伏見城です。二条古城からの転戦です。
二条古城から烏丸御池駅➡近鉄丹波橋駅は京都市営烏丸線+近鉄京都線を利用し、そこからは徒歩で伏見城に着きました。

伏見城は豊臣秀吉によって築かれた城ですが、秀吉の死後は徳川家康の居城となりました。「関ケ原の戦い」の際には家康の家臣である鳥居元忠が城代として守っていましたが、西軍に攻められて落城しています。
徳川家康、秀忠、家光の三代が将軍宣下を受けた城でもあります。

城址付近は伏見桃山城運動公園として整備されていますが、攻城時は耐震基準を満たしていないことから中にはいれませんでした。攻城から2年以上たっていますが、現在も入れませんか?

模擬とはいえ大天守/小天守と並ぶと壮観でした。攻城時間は30分くらいでした。

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ぴーかる

伏見城・御香宮神社 (2020/08/10 訪問)

【伏見城】
<駐車場他>伏見城=公園駐車場30分毎100円最大800円 御香宮神社=最初の30分無料駐車場あり。
<交通手段>車

<見所>堀・移築城門
<感想>私も行ったことはなかったが、関西人、伏見桃山キャッスルランドの名は知っており、学生時代に行こうかと思ったことはあったが、大阪にも当時は万博跡地にエキスポランドという大遊園地があったので結局行かなかった場所です。

 公園入口前に有料駐車場があり、かつてのキャッスルランド入口だったかと思われる所に模擬櫓門がある。入ると正面に模擬櫓が建っている。瓦落下危険の為模天守は近くまでも寄れなくなっています。次に見れそうな遺構北堀に行って城跡を見るのは終了した。
 御香宮神社表門に伏見城の移築現存門があるが神社に駐車場があるのを知らず徒歩で行ったのが失敗。炎天下での往復がきつくて、本丸跡の御陵にも寄らなかった。

<満足度>◆◆◇

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城郭情報

分類・構造 梯郭式平山城
天守構造 型式不明(指月山)[階層不明/1594年築/倒壊(地震)]、望楼型(木幡山)[5重?/1597年築・1601年再/解体]、複合式望楼型[5重6階/1964年築/RC造模擬]
築城主 豊臣秀吉
築城年 文禄元年(1592)
主な改修者 徳川家康
主な城主 豊臣氏、徳川氏
廃城年 元和9年(1623)
遺構 曲輪、移築門、石垣、横堀
再建造物 模擬天守、石碑、説明板
住所 京都府京都市伏見区桃山町
問い合わせ先 京都市産業観光局観光部観光企画課
問い合わせ先電話番号 075-222-4130