汗をかきながら💦
登城しました。
景色がサイコーでした。
讃州井筒屋敷でブリ丼食べました。
こちらもサイコーでした。
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2024/08/15 08:25
景色抜群 (2024/08/12 訪問)
汗をかきながら💦
登城しました。
景色がサイコーでした。
讃州井筒屋敷でブリ丼食べました。
こちらもサイコーでした。
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2024/08/14 23:08
津山の町並みを一望 (2024/08/10 訪問)
津山は2回目の訪問。
メインは別の用事だったため津山城には入らなかったけど、津山の町並みが一望でき石垣の石切り場がある石山寺に行ってきた。
築城当時、石を運ぶ人達はここから城を見て「あそこまで運ぶのかよぉ」てなことを思ったのかな、なんてことを想像してみたり(^^)
津山城は立派な石垣がいっぱい残っているし、備中櫓だけじゃなくていつか天守も再現して欲しいなぁ。
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2024/08/14 21:45
庭園の名残りなのかも (2024/08/02 訪問)
日進市・名東区の城歩きの最中、小休止している間に本丸の石碑の石が江戸時代からそこに立っていることを知ってこれは庭園なのではないかと直感。今のところ確かめる術はないが、後々のために声だけは上げておきたい。
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2024/08/14 20:37
平成の調査で石積み遺構などが確認されている。 (2024/02/25 訪問)
雑賀崎台場は和歌山市の雑賀崎に紀州藩によって築かれた台場とされ、和歌山県の史跡に指定されています。この周辺は紀州青石と呼ばれる緑泥片岩の産地であり、和歌山城の本丸周辺の石垣に多用されています。付近には元番所台場跡である番所庭園があるのですが、スルーしています。雑賀崎台場跡に向かう途中、遠くに番所庭園が見えるのでズームで撮影。
もちろん入場料は払っていません。
元番所台場のある岬も、その先にある大島も緑泥片岩の岩肌が露出しています。しかし見事な絶壁です。雑賀崎台場に向かって進んでいくと算木積の石垣が見えてきます。
雑賀崎台場は「トンガの鼻」と呼ばれる岬に築かれていたとされ、平成19年から平成26年までに3度の発掘調査が行われています。土塁や石垣などが確認されており、V字型の石積みの遺構もあり、砲台に関する施設ではないかと考えられているようです。
ちなみにこの周辺では鍬のことをトンガと呼ぶそうです。南太平洋のトンガ王国とは関係ないみたいですね。
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2024/08/14 18:41
2024/08/14 18:18
路急ぐ 旅の目惹かむ 大賀蓮 田丸の城の 空碧きかな (2024/07/07 訪問)
多くは語らずとも、タイトルと写真で充分に伝わるかと思います。
後日投稿予定ですが、鳥羽城からの転城です。
初夏に訪れたこともあって、城内は草が生い茂っていましたが、
当日の天候が幸いして見事な眺望でした(とても暑かったですが、、、)。
実際に足を運ぶまで、本やネットでは天守台の写真ほどしか見ていなかったので、
石垣の多さに驚きました。本丸の枡形虎口や城の搦手まで遺構がしっかりと残っており、
南北朝期の乱世を窺える実に歯ごたえのあるお城でした。
石垣も見どころですが、7月上旬は内堀に植えられた大賀蓮(オオガハス)が開花時期に入るので
この時期の登城は一度で二度おいしいと言えるでしょう。
本投稿のタイトルは、本丸に立つ歌碑に刻まれた短歌にあやかってつくりました。
写真にも添えましたが、何気にこの1枚が上手く撮れて気にいっています。
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2024/08/14 17:08
越賀城 (2024/06/08 訪問)
【越賀城】
<駐車場他>横の漁港広場に駐車しました。
<交通手段>車
<感想>日帰り伊勢志摩の平山城巡り旅7城目。越賀城の築城年代は定かではないが、初代越賀隆俊が城を構えたとされます。信長に属した九鬼嘉隆に攻められ降伏しその後は九鬼氏に仕え、以降江戸時代は綾部藩三田藩に分かれた九鬼氏にそれぞれ仕えることになります。
城跡は海へ突き出た丘陵にあります。丘陵の北側の堀切から丘陵上に行けます。丘陵上の曲輪跡は以前は畑だったらしいが現在は藪化しています。曲輪の北側に土居が盛られていて北側の堀切にはまあまあな切岸になっています。城跡が小さすぎるので海側に伸びるコンクリートの岬部分もかつて丘陵があったのではないかと思います。浸食されて小さくなった丘陵部分が今の岬になったかと。
堀切の北側の住宅地に江戸時代の藩の米蔵が現存しています。
<満足度>◆◇◇
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2024/08/14 16:29
京都紅葉特集② (2018/11/24 訪問)
真っ赤な紅葉 仮面に受けて 願いは一つ 青い空 ♪ 京都紅葉特集②です。この暑いのに、なに紅葉の写真を載せとんじゃと思われるかもしれません。でも残念ながら私はすでに壊れてます。‥あべし
源光庵‥京都市北区 悟りの窓から見える紅葉が近年話題を呼ぶ。「悟りの窓」って聞いたことが有るような‥。
圓光寺‥京都市左京区 開基は徳川家康。近年、紅葉の名所として人気。
大河内山荘‥映画俳優・大河内伝次郎氏が創作した庭園。
渡月橋‥倉木麻衣のCDシングルで有名。というか元々有名。平日すいてる時なら車で渡れる。
鹿王院‥京都市右京区 足利義満が開基。紅葉の名所。
今熊野観音寺‥京都市東山区 空海ゆかりの寺。嵯峨天皇をはじめ皇室からの崇敬も厚い。
含翠庭園‥京都市東山区 泉涌寺 来迎院庭園。大石内蔵助良雄により築造される。
嵐山スパ‥嵐山をイメージして、タコさんウインナーをマシマシにしました。パスタ・デ・ココで撮影。
もともと城めぐりと合わせて神社仏閣を回っていましたが、あまりご利益がなかったので、いつしかおざなりになっていました。でも、どんなヒドイ状況からでも無事に戻ってこれたのも、見えない所でご利益があったのかもしれません。
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2024/08/14 14:24
大和お城まつり (2024/08/10 訪問)
8月10日・11日に開催された大和お城まつりに行きました。奈良ローカルのお城イベントで、(続)100名城の高取城、郡山城、宇陀松山城はもとより、有名どころの多聞城や信貴山城に加えて片岡城などマイナー城の出展もありました。各ブースをめぐってパンフレットを受け取り、スタンプラリー景品の来城記念ご朱印カードをもらって、歴史講座プログラム「片岡城について」を受講。片岡城は未訪のため、登城時の参考になるだけでなく歴史背景を知ることでより興味を持って登城できそうです。
普段はお城イベントの前後には近隣の城めぐりをしていますが、体温を超えるような猛暑の中を歩き回る気力がもてず、この日はイベントのみで撤退。早く秋になってくれ…。
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2024/08/14 10:59
雑賀合戦 (2024/02/25 訪問)
弥勒寺山城は標高67mの弥勒寺山の頂部に築かれていました。織田信長が石山本願寺を攻めた時に、顕如上人の要請に応え雑賀孫市は雑賀党とともに蜂起し、弥勒寺山を本陣とし、周囲の城塞と共に抵抗したそうです。孫市の父・佐太夫の籠る雑賀城もその一つとされています。
雑賀川の周辺に入念に罠をしかけ、戸惑っている織田軍を、後の「長篠の合戦」の織田の鉄砲隊の如く、雑賀衆の鉄砲隊が間断無く銃撃したそうです。しかし中津城が落とされ城将・権太夫が討ちとられ、雑賀孫市も以後 逆らわないことを条件に降伏・助命されます。
翌年の天正6年に信長が再度本願寺を攻撃すると、雑賀党は再び本願寺と共に戦ったそうです。
弥勒寺山城には遺構らしきものは無く、城址は公園となっていますが、一段高い場所があり、秋葉山古戦場の案内板や顕如上人桌錫所の碑が立っています。また雑賀城のように緑泥片岩の岩盤の上に主郭が築かれていたようです。
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2024/08/14 10:00
平和について考える旅(岩国徳山4/4)―大津島 (2024/08/04 訪問)
終戦記念日を前に平和について考える旅(4/4最終回)です。徳山城からバスに乗って再び徳山駅へ戻り、今度は駅前の桟橋から船に乗って30分、毛利家の石切場でもあった「大津島」へ渡りました。ここからまた平和について考えてみたいと思います(写真①②)。
皆さんは、太平洋戦争末期に「回天」という特攻兵器があった事を御存知でしょうか? 回天は魚雷を大きくしたような1人乗りの潜水艦で、まあ人間が操る魚雷と考えた方がいいかもしれません。母艦である伊号潜水艦で敵艦近くまで近づき、そして発射されると、魚雷の中にいる人間が敵艦めがけ操縦します。当然生きて帰る事はできません。私も詳しく知ったのは、18年前に市川海老蔵(現:団十郎)さん主演の「出口のない海」という映画を見てからでした。
船を下りて5分程歩くと「回天記念館」がありました(写真③)。入口には実物大の回天が展示されていました(写真④)。また中に入ると、出撃して行った特攻隊員たちの遺書や遺影、また回天の中の様子が再現されていました。
記念館を出て島の南の方に向かってさらに5分程歩くと、回天搭乗員たちが訓練していたという基地が保存されていました。ここでよく回りを見渡すと、石垣に適した石がたくさんあります。毛利家が石を採取するには、この島が最適な場所だったという事が、訪れてよくわかりました(写真⑤⑥⑦)。
この場所は映画の撮影でも使用された場所で、市川海老蔵さんが必死になってここで訓練していた映画のシーンを思い出してしまいした。当時の搭乗員たちは、死の恐怖と戦いながらも、ひたすら日本の勝利を信じて、ここで訓練していたんでしょうね。もう二度とそんな時代が来ない事を祈りたいものです。
また、その基地から見えるこの海(写真⑧の場所)は、戦艦大和が最後に停泊していた場所だそうです。昭和20年4月6日、大津島に停泊していた大和はここから沖縄に向け出港し、豊後水道を南下、翌7日に鹿児島県徳之島沖で米軍機に攻撃され沈没、帰らぬ艦となりました。これも何か悲しい運命です。
神妙な気分になって帰途についていた私ですが思わぬ出来事が! 徳山駅から乗った新幹線が、またまた「ハローキティ号」でした。偶然にも思わぬサプライズに、博多駅まで最後は何だか少しほっとした気分で帰途に着く事ができました😌(写真⑨⑩)。
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2024/08/14 09:59
京都紅葉特集 (2018/11/24 訪問)
古都鎌倉のことを「鎌倉城」と呼ぶこともあるそうです。天然の要害で七つの切通しで守られた鎌倉そのものを城塞都市と考えるわけですね。源氏の本拠を意味する言葉という説もあるようです。
城塞都市といえば平安京。平安京はわずかに縦長の方形をしていますが、御土居は豊臣秀吉によって平安京の中央から東側一帯に築かれ総延長は22.5kmに及び、土居によって洛中と洛外を分けていたようです。秀吉の時代、御土居の中は城塞都市の様相を呈していたものと思われます。
なぜ紅葉の写真を載せるのかと言われると、「猛暑」→「真っ赤な太陽(五レンジャー?)」→「赤」→「紅葉」という四段活用です(ポカッ)。
禅林寺永観堂‥京都市左京区 言わずと知れた紅葉の名所。
南禅院‥京都市左京区 南禅寺の塔頭寺院。
化野念仏寺‥京都市右京区 この世とあの世の境目。
滝口寺‥京都市右京区 「平家物語」の平重盛の家来斎藤時頼と建礼門院の侍女「横笛」の悲恋の物語ゆかりの地として近年再興されたようです。新田義貞の首塚もあるそうな‥。
雲龍院‥京都市東山区 中世の天皇家と縁が深い。書院には「悟りの窓」
せっかくなので御土居や平安京の外にある寺社も掲載させていただいています。
追記‥「真っ赤な太陽」だと美空ひばりさんの名曲のほうがしっくりくる方も多いかもしれません。
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2024/08/14 03:28
2024/08/13 22:34
土々累々 (2024/04/20 訪問)
小堀城は加古川の西側に築かれた中世の平城で、この周辺には河合城や堀井城など比較的大きな平城が複数存在しています。案内板を参考にさせていただくと、城主は赤松氏の一族とされる光枝氏で、三木合戦の際には当城を焼き払って三木城に籠り、平井山合戦で討死したとのこと。城域は東西250m、南北200mの範囲に渡り、周囲を土塁で囲み複数の曲輪を配していたようです。
南西側の案内板のある場所には土塁が良く残っており、南端には門(虎口とも)が建てられていたようです。東の住宅の周辺には主郭と南郭を隔てる土塁が残っており、東側にも土塁の残片が所々に残っています。
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2024/08/13 19:07
城主コロコロ変わる (2024/04/20 訪問)
豊地城跡は東条川が周囲の地形に沿って南側に向かって大きく湾曲している部分の南東に位置しています。観音堂のある場所が西の郭の周辺と見られ、東の畑地が主郭跡とされています。主郭周辺には内堀と外堀が配されていたとされ、今でも道沿いに内堀の跡が見られ、観音堂周辺にも堀跡らしき溝が残っています。また主郭東側には外堀跡とされる ため池も有るようです。
石碑に刻まれている文章を読むと、豊地城は東西およそ400m、南北およそ200mの城域を持ち、東西北を川に囲まれた要害の地に築かれていたようです。南北朝時代の城主は金谷経氏、応仁年間以降は赤松氏の家臣・依藤氏 三木の別所重棟(宗) 栗山氏(初代赤松氏の実兄景盛の子孫で依藤氏時代からの執権)と変わり、三木合戦後に廃城になったようです。
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2024/08/13 18:26
2024/08/13 17:12
一度で二度おいしい? (2024/08/11 訪問)
本佐倉城のあとに京成佐倉駅前の観光案内所に寄って御城印を購入。
そのあとに佐倉城へ。
歴博側ではなく薬医門側から登城。
水堀を眺めながら西方向の出丸を目指しました。
その後戻って本丸跡で一の門や角櫓、銅櫓、天守閣跡を見学。
モッコクの落書きも確認。
土塁がしっかりと高く、その上を歩いて回れるのも良かった。
佐倉城の礎石がある方向の空堀は深くしっかりと残っています。
二の丸跡、三の丸跡を見ながら見学していると旧陸軍の油脂庫跡まであるではないですか。
説明書きには歩兵第57連隊通称佐倉連隊の武器手入れ用の油保管庫となっていました。
グアム島、フィリピンレイテ戦でほとんどの隊員を失ったとありました。
いまこうやって城巡りさせてもらっているこの平和を願って亡くなっていった方々に胸が熱くなってしまいました。
最後に有名な馬出空堀を実際に見て感動。
お城散策に太平洋戦争の面影までありタイトル通りで満足しました。
今度は歴博にも寄りたいと思います。
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2024/08/13 16:32
今日は山の日! (2024/08/11 訪問)
今日は山の日という事で御城印&スタンプを入手しにGO!
まずは本佐倉城へ。
車でナビ通りに行くと、どんどん道が狭くなり不安になったが案内板が出ており、拓けたところに出ました。
行ってみると駐車場は意外と大きく案内所がありました。
早速御城印を購入してスタンプは?ってなったらなんとトイレの前(笑)
これならいつでも押せますね!
案内所の素敵なおじさまにいろいろとジオラマを見ながらレクチャーを受けていざ出陣。
東山虎口→南奥虎口→セッテイ虎口→セッテイ山(倒木の為通行止め…)→東山→Ⅳ郭虎口→倉祉→奥ノ山(妙見宮跡)→城山
う~ん…おじさんの言ってたのと違う(笑)
でも遺構がいっぱい綺麗な形で残っておりしっかりと見ごたえがある山城でした。
東山から印旛沼への景色は絶景。
説明文で昔は鉄道部分まで沼で手前側は湿地帯となっていました。
攻めづらいところだったろうなと思いをはせることができました。
いろいろと説明板の設置や除草及び伐採管理など大変であるでしょうが、今後とも未来へ残して頂くためによろしくお願い致します。
最後に案内所のおじさま、丁寧な案内と親切な対応に感謝です。
ありがとうございました。
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2024/08/13 15:56
大好きな黒田家由来の福岡城 (2024/08/06 訪問)
福岡城に行ってきました。
平和台球場があったころに行ったことはありましたが約40年ぶりに訪問です。
福岡城むかし探訪館に行き、100名城スタンプ並びに御城印を入手。
中にはジオラマや説明動画などがあり非常に興味深いです。
わたしが一番印象深かったことは、福岡と博多が商人の町と武家の町とで分かれていて、那珂川で門を設置して簡単には行き来できないようにしていたという点、それを発展させていくために行き来を自由にできるようにして、敬意を表して博多という地名を残したという話。
また福岡という地名は元々黒田家の出身地の名前を取ったという事。
他にもいろんな資料があり是非とも見学することをお勧めします。
鴻臚館あとも見学してから三の丸、二の丸、本丸、天守台と石垣のすばらしさを堪能しつつ登っていきます。
天守台に登ってその絶景に感嘆の声が思わず出てしまうほど。
福岡タワーやドームのある百道は埋め立てなのでしっかりと海も見渡せたのでしょう。
皆さんの賛否ありますがわたしは天守閣はあったと思いたいです。
そしてその天守閣からの眺めはもっとすごく、周りからはシンボルとして見られていたのではと思うとゾクゾクしてしまいます。
多門櫓も見ていたら時間切れとなってしまいました。
しかしいろいろと見るところがありゆっくりと公園内を散策できる素晴らしいところでした。
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2024/08/13 14:42
茨城県のお城巡り⑥(恐怖だらけの登城) (2024/08/02 訪問)
この旅最後のお城は月居城。
袋田の駅側の反対側(東側)からナビで案内され途中で怖くなりました。
通行止めが解除されていたのですが、まず離合もできない狭い道に、隧道を抜けたところから廃墟が数件と脇の木が垂れ下がって前が見えない悪路。
戻ることもできずにゆっくりと進んだら突然現れた公衆トイレ。
なぜ?って思ったらその先に登山口の看板。
やったーと喜んでその場に駐車して登城すると虫の集中攻撃。
虫よけを吹きかけながら登っても意味をなさないレベル。
ただ意外とハイキングコースと書かれているだけあって登りやすく楽勝かと思いきや途中で城址方向への看板を登るとそこからは岩むき出し、天然の土塁の数々でロープを頼りにゼーゼー言いながら登城。
ようやく石碑のある頂上へ到着。
しかしこんな大きな石碑を一族の方々の寄付とはいえどうやってここまで持ってきたのだろうと感心した
(製作費より運搬費の方が高価では?などと考えた)
そして下山して車に乗り込み袋田方面へ進むと、なんと片側車線が崖崩れを起こしている!
とにかくこの旅一番の恐怖と疲れで帰路につきました。
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