くのうざんじょう

久能山城

静岡県静岡市

別名 : 久能城、久能寺城
旧国名 : 駿河

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おっちゃん

東照宮の施設配置 (2016/02/20 訪問)

現地案内板より抜粋。

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あきつ猫

家康が眠る城跡 (2021/09/20 訪問)

武田信玄もゆかりの城。
前日は駿府城に行ったので
家康繋がり。
城というより東照宮なので
残る石垣に萌てました(笑)
かなりの高さの山城。
攻めにくいよね。
入口にある久能山東照宮博物館。
地味で気が付かなかったけど
収蔵品も国宝級でなかなかすごい。
この後行った日本平で、富士山と鷹を同時に撮れた。
縁起良い😊

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はぎさんともさん

久能山東照宮 (2022/01/02 訪問)

お正月と言えば久能山東照宮ですが、今回は久能山城を意識して登城しました。さすがに駐車場はどこもいっぱい…。「いちいちご苦労さん」と言われる1159段の階段をのぼりますので老若男女体調万全で臨んでください。日本平ロープウェイを使われると楽ですね。

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ヒロケン

家康公が眠る城 (2021/12/11 訪問)

甲陽軍鑑に「駿河に久能、甲州に岩殿、上州の吾妻」と並んで武田の三名城と称される久能山城は、武田信玄公が駿河の今川を攻め滅ぼせると築城した山城です。築城前は、山岳信仰の天台宗の寺であった久能寺で、この地は信玄公が立地的に重要とし、強制移転させたといわれています。こうして信玄公は馬場美濃守・山県三郎兵衛の二人に命じて、三方を断崖絶壁に囲まれた難攻不落の山城を完成させました。
武田氏没落後は、中村一氏が駿府城主となり、この久能山城を守備したが、1607年再び徳川家康公が大御所として駿府に入ると、堅固な城として、本多上野介が守備に就いた。
家康公は「久能山は駿府城の本丸と常に思召す」と言われるほど重要視していました。

現在の久能山城は、2代将軍秀忠公の命により徳川頼宣公が総奉行となり、大工中井大和守によって、1年7ヶ月で見事な社殿(国宝)を構える久能山東照宮として神君家康公を祀っています。また、家康公が眠る神廊があり、家康公のメッカとされています。
御祭神は徳川家康公 相殿豊臣秀吉公 相殿織田信長公を祀っています。

4度目の登城となりますが、2度目まではここが城であるとはつゆ知らず、いちご狩りしたあとに東照宮に参拝していましたが、城跡と知ってびっくり(@_@)城跡らしきものは残っていませんが、城跡としてみるとなるほどと納得する城跡です。


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城郭情報

分類・構造 山城
築城主 武田信玄
築城年 永禄11年(1568)
主な城主 今福氏(武田氏家臣)、本多氏、松平氏、榊原氏
遺構 曲輪、土塁、井戸
指定文化財 国史跡(久能山)
再建造物 石碑、説明板(久能山)
住所 静岡県静岡市駿河区根古屋
問い合わせ先 静岡市経済局商工部観光課
問い合わせ先電話番号 054-354-2422