蟹江城合戦は天正12年(1584)の小牧・長久手の合戦に連なる豊臣方と徳川方の戦いです。織田信雄の重臣で蟹江城主・佐久間信栄(正勝)に留守を任された前田与十郎(長定)は豊臣方の武将・滝川一益に内応します。やがて蟹江城には大野城攻略に失敗した滝川一益も籠りますが、徳川家康・織田信雄の大軍に包囲されてしまいます。半月の籠城戦の末、与十郎は勝ち目が無いと見た一益によって和睦のために殺されたとも、徳川方の追っ手によって殺されたとも伝わり、いずれにしろ事の発端となった人物は粛清されてしまったようです。
合戦が長引けば清洲城の家康と豊臣秀吉の大軍が再度激突する可能性が有りましたが、事態に早急に対処できたことで、秀吉方の攻勢に待ったをかけることに成功し、家康公にとっては重要な合戦になったようです。
現在は住宅地の中に本丸井戸の跡が残り、城址碑が立っています。
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