雨男,雨の中を新高岡のホテルから朝駆けです。ゆっくり歩いて約15分でした。新高岡を拠点として動こうと決めたきっかけは,カルビンさんがココを“king of バーター”と形容していたこと。ショッピングモールも徒歩圏内にあり,滞在に快適なこと。
なお,キレイに並んだ3本の碑の理由は,ぴーかるさんが見事なレポートをしておりますので,そちらを参照願います。
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2023/11/25 23:16
2023/11/25 21:08
2023/11/25 18:59
2023/11/25 18:09
2023/11/25 18:03
湯坂路(鎌倉古道) (2023/11/25 訪問)
箱根湯本駅よりバスに乗り湯坂路入口バス停下車、徒歩約10分で説明板に着きました。周囲を見ると削平地はありますが、遺構かどうかわかりません。浅間山を経由して湯坂路(鎌倉古道)を進み、湯坂城跡を経由して箱根湯本駅に戻りました。浅間山の説明板に「鷹巣城があったのはこの山と思われます」の記載があります。
湯坂路バス停からはほとんどが下りなのですが、浅間山から下の登山口まで90分くらいかかりました。紅葉は今年暖かかったためか、まだ色づき始めたばかりの木々もありましたが、それなりに楽しめました。ハイキングコースになっていて多く方がハイキングを楽しんでみえました。
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2023/11/25 18:01
2023/11/25 16:03
近くの馴染みの城です。 (2023/11/22 訪問)
先週に続き2回目の投稿。しかし他の人から見たら動きが怪しかったかもしれない…。
秋晴れの空。
紅葉を見ながら密かに城の造りを観察してきた。
馴染みがあり昔、学校帰りによく立ち寄った場所でもある。
"公園"としてしか 今まで見ていなかったので、
意識すらしていなかったが、じっくり歩いていると貴重なものが沢山残っていることに気付く。
枡形堀には龍女伝説があり、お光という娘が身を投げたという話も残っている場所だ。
伝承や妖怪が残る場所も惹かれるものがあるね。
有名な名将に思いを馳せ、遠くに出かけるのも良いが
実は案外近くに武将が活躍していることがあることもあるんだ。
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2023/11/25 15:50
白老伊達藩陣屋 (2023/10/10 訪問)
かなり整備された陣屋跡です、堀と土塁を円形にめぐらして内曲輪と外曲輪を構成させてます。私の他見学者は1人もいませんでしたが草刈りしている人がいました。でも、残念なことに資料館は休館でした。ここは、町を散策すると町をあげてこの陣屋を盛り立ててる様子でした。城好きでしたら外せない処です!
何処の続100名城より見応えあります!
ここでのグルメはホッケ貝カレー。
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2023/11/25 15:18
西美濃未踏の城廻Ⅱ藤橋城模擬天守閣 (2023/10/21 訪問)
30年前頃に建設された藤橋城模擬天守閣を見たいものだと思っていましたが中々道中にチョット寄ってとはいかず、今回まで延び延びに、藤橋城杉原砦探訪の企画を作り合わせて日帰り西美濃未踏の城廻を行いました。
雨の降らない日を選んだのですが、奥西美濃は小雨でしたが思い立ってから数十年登城を叶えました。
駐車場:藤橋城・西美濃プラネタリウムの西側に広い駐車場完備、トイレ有
参考資料:古城盛衰記さん、グーグルマップに依ります。
先ずは藤橋城模擬天守閣(平成元年10月竣工)に登ります、時間が間に合えばプラネタリウムもと思ったのですが11時には10分程遅れて途中入館も出来ず、プラネタリウムは断念、天守閣の内部を見学、甲冑三体の展示、展望階からの眺めは小雨で霞今一、展望階から杉原城跡方向を確認し、藤橋歴史民俗資料館の野外展示建物も展望階から確認。
藤橋歴史民俗資料館はパスして、七人塚、武山神社に参拝、見学。杉原砦落城の際に城主杉原家盛を死守した逃がした七人の塚が祀られている。杉原家盛の家系から秀吉の正室ねねが出ている。
丁度昼時駐車場の西側にあまご茶屋が有りアマゴの塩焼き定食を頂く、久しぶりのアマゴの塩焼き、ビールが欲しい所ですが車の為我慢、ここまで来たのでと社会問題にもなった上流約6~7km程先にある徳山ダムを見学、久しぶりにロックフィルダムを見学しましたが小雨がぐり返し標高も高く肌寒い。
揖斐川渓谷を往復しましたが紅葉の色付き初め、見ごろの時期はさぞ混雑するのでしょう?
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2023/11/25 15:09
どんぐり礫。 (2023/10/30 訪問)
群馬県 富岡市の「富岡城」、BUCK-TICKの曲を聴きながらドライブです。群馬県が誇る3B。
「富岡城」はBUCK-TICKの、亡くなった今井さんが過ごした藤岡市から30分位離れてます。
「富岡城」は『城山公園』になってます。入口から、結構な登り坂です。
石碑や説明板はありません。
駐車場の入口に『城山公園』の停留所(バスではなく乗合いタクシー)がありますので、「富岡城」だと認識。
城びとの、お城を探すにマークされてなければ、見逃してしまいそうです。
上まで登らず駐車場にいたら、頭に何やら当たりました。
どんぐり。
丸っこちい、大きめサイズの どんぐりが侵入を拒みます。
この日は、上着のいらない暖かな日。夏が長く季節がいつだか勘違いしそうです。
でも どんぐりは、きちんと秋が来たと教えてくれました。
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2023/11/25 13:52
西美濃未踏の城廻Ⅰ北方城 (2023/10/21 訪問)
西美濃奥に藤橋城(杉原砦)の模擬天守閣が在り以前より訪ねたいと願って居ましたが美濃の奥に成り何かの序でに寄ると言う訳にも行かず、今回思い切って西美濃未踏の城廻りを企画し、藤橋城模擬天守閣登城の前に初登城しました。
駐車場:揖斐北方城(北方城)主郭下のロータリー駐車場、数台可能
参考資料:古城盛衰記さん、グーグルマップに依ります。
国道303号線から北方小学校西の集落に入り林道を200~300m程北へ進み峠辺りに逆向き方向に登る林道が有る、そこに案内板があり「城山街道 城山公園まで1,050m」と掲示、道なりに登りロータリー駐車場へ。
駐車場周辺には、管理小屋、大きな北方城址城名石碑、平坦地にトイレ和式で古い、別の平坦地に透明とたん屋根東屋、揖斐川への景観は樹木が茂り悪い、駐車場から主郭への登城路を登り主郭へ、草刈されて居るが少し経っており伸びてる草も有る、主郭には東屋、小さな城名石碑、案内解説板は無い、揖斐川へ西に張り出した城郭で切り立っている、遺構らしきものは良く分かりませんでした。
案内板が無いので、歴史は古城盛衰記さんによると、「建武・延元年間頃に吉田休三入道によって築かれたという。吉田入道は南朝方として北朝方の土岐氏と戦ったと云われる。」と有りました。
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2023/11/25 12:09
2023/11/25 10:08
早朝散歩 (2023/11/25 訪問)
朝に時間があったので、行ってみました。
スマホの調子が悪く、写真が撮れなくて残念。
とても景色がよく、見渡せるので、ここに城を置いたのも納得!
上から降りてくるときには、雲海も出て、本当に綺麗な景色でした。
もう一度、写真撮りに行きたい。
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2023/11/25 09:13
曲輪と堀が展開する本土と同じ土の城
標高約100m笠利湾を望む丘陵地にある山城。発掘調査により、12世紀に築かれ、17世紀まで使用が確認された。国史跡。主郭までの道は確保されていたが、周辺は薮になっていた。案内板によると曲輪堀切が見られ、本土と同じような中世山城であったことがわかる。ハブが怖い。南の主郭周辺を散策し撤退した。
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2023/11/25 09:09
大原の町を見下ろす山城
葛西七騎の一つ大原千葉氏の居城で、高さ80m東西400m南北200m丘陵に築かれた東磐井地方を代表する中世山城。別名大原城。
訪城時はすっかり夏草に覆われていたが、広い主郭2郭など明瞭で、秀吉奥州仕置に落城後、石田三成が整備したという戦国末期の様相が見て取れる。
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2023/11/25 08:29
信長生誕の城なのだ (2023/04/15 訪問)
織田信長の祖父・信定が築いたとされ、信長が生まれた頃に信長の父・信秀がここにいたことがほぼ確定して信長生誕の地としてほぼ認定されたが中心部分は河川掘削で消滅。ただ現地の勝幡城愛はすばらしく至る所に道案内がある。
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2023/11/25 01:10
丹波・但馬・播磨の名城を攻めてきました その②竹田城【但馬】 (2023/11/24 訪問)
11/24(金)に休暇を取って4連休にし、友人と名古屋から車で攻城しました。
初日(11/23)の午後に竹田城近くに到着。まずは立雲峡に登って竹田城の見え方を確認したのですが、これが大変でした。加齢と運動不足により大汗をかき行きも絶え絶えで「立雲峡テラス 光の道天望所」まで辿り着いたのですが、もう翌日も同じ事をする気力が無くなりました。
と言うわけで、11/24(金)は朝5時にホテルを出て竹田城へ。雲海は見られませんでしたが、未明から早朝の城跡は幻想的で良かったです。
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2023/11/25 00:48
2023/11/24 22:27
江戸期文献にある戦国山城杭城が昭和48年発見された
標高256m杭城山山頂を中心とし細長い丘陵尾根に展開している。詳細は不明ながら、文献により須藤刑部を城主としている。
私は東側の川が合流している地点からアタックした。そこから比高は100mほどなのだが、川岸は崖に近く、陽当たりの良い林道は薮に埋もれ予想外に難渋した。全体に荒れており充分な縄張り観察はできなかったが、それでも主郭やその東側の2郭など、土塁・空堀・土橋・切岸が明瞭で感動した。尚付近はクマ出没の危険地帯でもある。登城される方は十分気を付けてほしい。
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