うえしじょう

羽衣石城

鳥取県東伯郡


旧国名 : 伯耆

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主郭登城道石垣
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ぴーかる

天女の羽衣 (2024/02/17 訪問)

【羽衣石城】
<駐車場他>羽衣石城駐車場20数台分あり。
<交通手段>車

<見所>曲輪・石垣・巨石群・眺望
<感想>日帰り羽衣伝説の旅1城目。羽衣石城は1366年に南条貞宗によって築城されたとされます。戦国時代には尼子氏によって落城し尼子領となりますが、尼子氏が毛利氏によって滅ぼされた後は南条氏が復帰します。時の城主、南条元続は羽柴秀吉の鳥取城攻めの際には羽柴方に味方します。1582年に吉川元春配下の武将山田重直の手により落城しますが、1584年に織田・毛利の講和により再び南条氏が復領します。南条元続の子の元忠は関ケ原で西軍に味方し城は廃城となったようです。
 上記駐車場から400mの道と500mの道の2つのルートがあり、先達の方々と同じように400m側から登って500m側から下山しました。どちらも遊歩道階段が付けられているので登り易く、400m側の方に見れる遺構が多く残っているのでこの順で進むのがお勧めです。登り始めてすぐに方形の石積み遺構が現れます。櫓台か門跡と思われます。このような石積み跡は中腹まで所々に見られます。八幡社の曲輪、発掘途中の曲輪群、石垣の多く残る曲輪、お茶の水井戸(池かも)、巨石群のある曲輪、羽衣石を見て楽しみながら登り山頂主要部に到ります。主郭主要部は南北に長く主郭北側下段に展望台、主郭に模擬天守(中には入れない)、主郭南下段に2郭3郭があります。周囲を帯曲輪で巻いています。南西隅に巨石で塞いだ虎口遺構があります。下山したルートの方には巨石の塁壁、谷に段曲輪があり石垣が僅かに残っていますが、未整備で沢を挟んで遠くからしか眺めることしか出来ません。山頂手前に礫石が相当落ちているので何かの遺構が崩れてしまっているのを想像させます。主郭主要部が整備され模擬天守があるので重機をこちら側から入れているような感じでした。また、登山道途中にあれだけあった石垣遺構が主郭主要部には全くなかったのは不思議だと思いました。

<満足度>◆◆◆

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しんちゃん

天女伝説が残る羽衣石山 (2019/04/03 訪問)

羽衣石城は羽衣石山の頂部に築かれていて山頂西側の高所が主郭で模擬天守が建てられています。模擬天守の中に入ることはできませんが東に一段下がって郭があり展望台が設置されていました。駐車場から登城道に沿って登って来る途中に「お茶の水の井戸」や天女伝説にちなんだ「天女のあしあと」などの遺構があり、ごつい岩肌がむき出しになっている箇所がいくつも見受けられました。
貞治5年(1366)南条伯耆守貞宗がこの山に城を築き、大永4年(1524)八代豊後守宗勝の代に出雲の尼子経久に城を追われました。天文9年(1540)尼子誠久が毛利元就追討のために安芸国に攻め入った隙を突き、城を追われた諸将らと共に川口城を落とし尾高城・八橋城を攻めますが尼子国久・誠久父子が羽衣石城に取って返し、両軍は橋津川を挟んで激しく戦いました。南条方は橋から落ち多くの将兵が水死しましたが水練の達者な貞勝は命からがら助かったそうです。
その後尼子氏は毛利氏に滅ぼされてしまったので宗勝は旧城を回復できたそうです。めでたしめでたし‥なんでしょうか。

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巨石ゴロゴロ (2023/05/27 訪問)

ゴロゴロある巨石をうまく守りに使っているとの城びと先人の投稿を見て、行きたい城にノミネート。登城口へは山あいをずいぶん入って行きますが、登城口の駐車場近くまで集落や水田が続きます。また、本郭からは、日本海までも見張らせ、そんなに辺鄙ではない感じ。
登りは左ルートで本郭を直接目指し、下りは、天女伝説の巨石や西尾根の郭、石垣を見る右ルートを取りました。期待通り、本郭下の帯郭から巨石ゴロゴロ。また、西尾根の郭は、発掘作業中で礎石が現れてました。登城口に四阿があり、自然及び城関係の説明パネルがあります。
本郭の模擬天守は、いかがなもんでしょう。本郭に金属板の地図があるのですが、とてもアバウトで、登城口の地図が正しいです。

赤い城さん、転職先でのご活躍をお祈りします。転職をひかえて、関東制覇をされたのでしょうね。高麗山城、東京単身赴任時に登りました。良いですよね。四国レポート期待してます。

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羽衣伝説 (2020/11/27 訪問)

  主郭部には模擬天守(2代目)が建てられ、周辺を含めて整備されています。駐車場からのルートは2つあり、右側は15分のコース、左側は20分コースとなっています。15分のコースを選択しましたが、途中八幡神社、お茶の水井戸などを見ながら登ったため30分以上かかりました。途中に石積みを見ることができます。帰りは20分のコースから降りてきました。途中に天然の塁壁を見ることができます。どちらの道も整備されていて比較的歩きやすかった。東の尾根には2本の堀切があるとの情報でしたが確認できませんでした。羽衣伝説の残る城です。

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城郭情報

分類・構造 連郭式山城
天守構造 独立式層塔型[3重3階/1931年築・1990年改/RC造模擬]
築城主 南条貞宗
築城年 貞治2年(1363)
主な城主 南条氏、尼子国久、毛利元経
廃城年 慶長5年(1600)
遺構 曲輪、石垣、井戸
指定文化財 県史跡(羽衣石城跡)
再建造物 模擬天守、石碑、説明板
住所 鳥取県東伯郡湯梨浜町羽衣石
問い合わせ先 湯梨浜町観光協会
問い合わせ先電話番号 0858-35-5383