武蔵嵐山駅より登城しました。よく整備されていて歩きやすい。曲輪の状態や縄張りもよくわかります。
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2018/03/11 08:53
2018/03/11 06:16
夕刻の攻城 (2014/12/14 訪問)
前方に灰色の雲が蟠っており城攻めに取りかかると雪が舞いだしてきた。表示類が一切存在しないこの城の登城口はとてもわかりにくく、事前にしっかりと調べておいたので事なきを得たが登城口に関わる情報がなければ城域に辿り着くことは出来なかっただろう。中央に一本の大通りが主郭まで通っておりその両側に土塁に囲まれた郭が雛壇状に連なっている。城砦寺院のテイストが漂っている。主郭前の空堀や土塁は中々の規模だが、如何せん薄暗い山中でスポーツモードにしてもシャッタースピードが1/30秒程度にしかならない。手ぶれ必至の状況であった。
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2018/03/11 06:11
奈良県下有数の山城 (2014/12/14 訪問)
天理ダムの奥に位置する龍王山城。北城と南城で別城一郭を成すと説明板に書かれていた。北城は主城として機能しており、土塁、堀切、空堀などの遺構が良く残るが今ひとつ見栄えはパッとしない。龍王山の頂上に位置する南城は詰の城で古い時代の山城だ。両方を合わせると奈良県下でも有数の規模の山城なのだそうである。
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2018/03/11 05:31
室町幕府終焉の地 (2013/12/14 訪問)
城址碑があるのみの城だが、献本戴いた「日本の城1000城」に載っていたので訪れてみた。足利義昭がこの城に籠り、この城の落城を以て室町幕府の実質的な滅亡とする歴史の地であるが故の掲載なのであろう。
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2018/03/11 05:29
逆光 (2014/12/14 訪問)
山崎の合戦の折に明智光秀が拠った城。模擬建造物もあるがきれいな公園として整備されている。細川忠興とガラシャの婚礼が行われた城と云うことで夫妻の銅像が建っているが生憎すさまじい逆光になっていた。
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2018/03/11 00:05
2018/03/10 23:51
村上義清の城 (2014/11/14 訪問)
坂城駅から徒歩で坂城神社裏の道より登城しました。
近道遊歩道という脇道よりまずは主郭に登り降りて来ようと考えましたが、これが失敗でした。遊歩道という名の崖に近い、しかも砂地で歩きにくい道を登ることになった。40分も登ったでしょうか、何とか主郭に到達する。五里ヶ峰方面へ石垣のある郭まで行きました。堀切など残っていていい城址です。岩崎城方面へ行きたかったが、道がわからず姫城へ向かう。崖のような道を下り姫城へ向かいました。小規模な郭があり、出城というより出丸の方がよいのではないかと思う。その後、比丘尼石へ行く案内板に従って歩くが途中、道が無くなっていてわからず引き返しました。結局、降りてきた崖を登り、一般の遊歩道から下山しました。途中、雉に遭遇しました。
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2018/03/10 23:39
2018/03/10 23:23
遺構がすばらしい (2017/11/17 訪問)
柿の窪のバス停から徒歩に登城しました。蓮華寺の前を通り過ぎ、御屋敷跡を抜けて、鹿よけの柵を開けて登って行った。期待を越えるすばらしい城址でした。竪堀などが明瞭に残っている所が多く、一部では石垣も残っていました。城址の東側に畝状竪堀も認められる他、堀がよく残っています。水の手を越えてしばらく歩きました。帰りは二重堀を越えて虚空蔵堂方面へ下りて行ったが、フェンスがあり行くことができなかった。
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2018/03/10 23:10
2018/03/10 23:03
2018/03/10 22:56
2018/03/10 22:42
2018/03/10 22:34
2018/03/10 19:50
マンション (2013/12/14 訪問)
「こんな城もあったんだ」に載っていた開田城は城跡にマンションが建っているが、土塁の遺構展示がなされている。マンションのエントランスに模型もおいてあったが流石にずかずかと入り込むことはためらわれたので屋外からこっそり撮影させて戴くにとどめた。
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2018/03/10 19:50
武蔵から下総への水運の要衝 (2018/03/10 訪問)
遺構はありません。
清光寺から香取神社のあたりにあったらしいです。
最寄りは東西線の葛西駅。
徒歩で20分くらい。
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2018/03/10 19:47
天王山 (2013/12/14 訪問)
山崎城は別名・天王山城、宝寺城とも云う。宝寺とは山裾に位置する寶積寺の別名で、重文の三重塔の存在により過去二度ほど訪れているが、山崎城にアタックするのは今回が初めてである。山頂までの途中に十七烈士の墓があるが、これは禁門の変の折、この地にて自刃して果てた真木和泉以下十七士の墓である。更に重文の酒解神社神輿庫も拝めるなど歴史を感じる事が出来る。天王山山頂が山崎城の主郭、それもおそらく天守台となっているようだが、目を奪われる程見事な土塁などの遺構は見当たらない。秀吉の道と云う絵図と解説が何箇所もあったが、山崎の合戦はあっけなく明智光秀が敗れてしまったという従前の解釈であった。センゴク一統記が描く山崎の合戦は新鮮である。
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2018/03/10 19:42
青春18きっぷで (2013/12/30 訪問)
本丸部分の工事はまだ続いていたが本丸一文字門の高麗門はもう姿を現わしていた。土塀の工事は2014年3月24日までの工期のようである。騎馬像として高い人気を誇る最上義光像もリフレッシュしていた。
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2018/03/10 19:38
ミニ万里の長城 (2014/01/04 訪問)
今回が4回目の訪城というお気に入りの城。漸く復元工事は一段落したようだ。石垣に登るなとの表示があったが、木の梯子が立てかけてあったので、いけないと思いつつ登ってしまった。蛇のようにうねる城壁の連なりは圧巻である。
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2018/03/10 19:34
10年ぶり (2014/01/04 訪問)
玉城は2003年年末以来だから、かれこれ10年ぶりの訪城と云うことになるだろうか。見違えるほどきれいに整備されていて、天然の岩穴のような城門から立派な石垣が復元されていた。
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