福島県南相馬市の相馬野馬追の祭礼三妙見社の一つ小高神社がある小高城です。南相馬市の小高地区は2016年7月に避難解除になったばかりで、大型スーパーは閉鎖されており、複数の場所で道路沿いの除染作業で片側通行となっていました。住民の方々の苦労が慮られます。奥州征伐の功によりこの地方を与えられた相馬氏は、1323年内陸の太田城に入りましたが、1326年小高城を築き居城としました。南北朝時代には北朝方についたため奥州軍を率いた南朝方の北畠氏に攻められ、小高城は落城。しかし、一族の奮戦で奪還しています。戦国時代に入ると相馬氏は勢力を拡大し北方の伊達氏と合戦を繰り返し、伊達氏の金山城や丸森城を攻略。しかし、1583年から伊達氏の反攻により金山城・丸森城を奪還され、次第に小高城へ迫ります。このため相馬氏は城を枕に討死を覚悟しますが、1590年小田原北条氏を降伏させた豊臣秀吉が停戦を命令、滅亡を免れています。その後、徳川幕府より本領安堵された相馬氏は1611年中村城を築き、移ったため廃城となっています。城は小高川の左岸丘陵に築かれた平山城で、本丸、馬場郭、北二の丸、南二の丸からなり東西200m南北120m程の小規模な造りとなっています。現在城は、本丸跡に小高妙見社があり小高神社となっています。
+ 続きを読む









