長野県長野市の百名城の一つ松代城です。いつ頃築城されたかは定かでありませんが、武田信玄の前進基地として整備した海津城の名が1560年頃確認されています。上杉氏の拠点飯山城から40km、武田氏の本拠甲府から140kmの位置、上杉謙信と武田信玄が何度も戦った川中島の地にあり、信玄の軍師として知られる山本勘助が網張したとも言われ、武田信玄軍2万と上杉謙信軍1万3千が激戦を戦った第四次川中島の合戦の武田氏の重要な拠点として、海津城と呼ばれていました。武田氏滅亡後は織田氏、本能寺の変後は上杉氏の領地となり、その後も領主が頻繁に代わり1600年関ヶ原の戦いの時に城主となった森忠政が二の丸・三の丸を整備し土塁を石垣に築きなおしたとされます。1620年真田信之が上田城より移封となり松代城と改められ真田10万石の居城となり明治維新まで続いています。城は北西を流れる千曲川を自然の要害として作られた平城で本丸・二の丸・三の丸・花の丸などの曲輪を備え水堀で囲まれていました。明治維新により廃城となり城は破却されましたが、平成16年土塁・堀・太鼓門・不明門などが復元されています。松代城の本丸は9時開城で、朝6時前に着いたため城門が閉まっており、本丸周辺だけの散策となりました。
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