てづつやまじょう

天筒山城

福井県敦賀市

別名 : 手筒城
旧国名 : 越前

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金ケ崎城を見下ろす
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金ヶ崎城を見下ろす位置にある支城 (2026/05/02 訪問)

 金ヶ崎城には何度か登城したことがあったのですが、天筒山城には足を伸ばしていませんでした。このところ、福井嶺北の城を巡っていて、滋賀からは敦賀を必ず通るので、未訪問の天筒山城は、とても気になってました。大河ドラマを受け、金崎宮の参道に、豊臣兄弟ののぼりがはためいておりました。GW中の晴天でもあり、散策者もまあまあおられました。
 とある煩悩の登城目録さんの投稿にあった遺構の説明板(写真4)は、頂上から、割と下った分岐にありました。予想よりも小さく、目立ってないです。天筒山頂上付近には、これといった遺構はないですが、説明板のように、東へ続く(中池見方面)、比較的緩やかな尾根を守る堀切、切岸、郭が残っています。説明板に切岸①②が記載されていますが、切岸だけ現場の表示がないですね。
 登りは、金ヶ崎城経由で、下りは、金ヶ崎城との間の深い谷底から、泉地蔵に向かいました。斜面はとても急峻で、要害感がありました。東の尾根が弱点であったのですね。また、天筒山からは金ヶ崎城を見下ろすことができ、金ヶ崎城とセットで守るべき城なんでしょうね。
 福井といえば、越前そば。敦賀市のメインストリート沿いにあった、むぎやに入りました。創業は天保年間ですと。

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昌官忠

2022夏の青春18キップ9日目:天筒山城 (2022/07/28 訪問)

金ヶ崎城の一の木戸から登山道を尾根づたいに徒歩20分くらいで、天筒山の展望台に着きました。

展望公園の北側に展望台(丸い形)が建てられ、その北に見張り台説明板があり、見張り台があります。
天筒山公園として整備されいます。頂上から金ヶ崎城や敦賀湾、遠く敦賀半島が望めます。

天筒山城は金ヶ崎城の支城として、朝倉氏が支配していたようです。
元亀元年(1570年)織田信長による越前侵攻の際、寺田采女丞が守将でした。
信長軍は手筒山城を攻略し、ついで金ヶ崎城を攻めたが、浅井長政の離反により退却を迫られ、有名な「金ヶ崎の退き口」につながります。

細長い展望公園の北側に展望台、その北の鞍部に見張り台説明板と見張り台があります。
どこからが天筒山城址なのか金ヶ崎城址との境がわかりませんが、天筒山城址に向かう途中、見事な竪堀がありました。(少しピンボケしていますが、投稿します)
展望台から下る途中に山の神神社がありますが、遊歩道から500mくらい離れているようなので行きませんでした。
攻城時間は45分くらいでした。その後、明日の攻城先=金剛院城(城びと未登録 福井県越前市)を目指す為、敦賀駅に戻り電車で本日の宿泊先がある武生駅に向かいました。

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中池見湿地方面に遺構 (2022/05/26 訪問)

 金ヶ崎城より尾根道を歩いて登城しました。以前、金ヶ崎城には行ったことはあったのですが、手筒山には来ないで引き返してしまいました。直接手筒山に登るより楽かなと思って金ヶ崎城経由のコースを選択しました。帰りは山の神社方面へ下りましたので、比較すると楽だとは思いますが、ただ階段が多く閉口しました。
 中池見方面に郭、切岸、堀切が残っているとの案内板があり見てきました。堀切は言われるとそうかなと思うくらいで、ほとんど埋まっていました。うっかりして切岸②を見逃してしまいました。

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城好きのメガネ

「天筒山城」 (2020/04/06 訪問)

<オススメ>★☆☆☆☆
天筒山城は、金ヶ崎城の支城で、越前・朝倉氏の支配下であった。織田信長による越前侵攻の際に落城する。織田勢が金ヶ崎城に攻め寄せるも、浅井長政の離反により退却を迫られ、「金ヶ崎の退き口」につながる。現在、土塁等が遺されている。

<アクセス>
JR敦賀駅 徒歩35分

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城郭情報

分類・構造 山城
築城主 足利氏
築城年 南北朝時代
主な城主 足利氏、寺田氏(朝倉氏家臣)
遺構 曲輪、櫓台跡、堀切、竪堀
再建造物 碑、説明板
住所 福井県敦賀市金ケ崎町