千葉県いすみ市の万木城です。築城については不明ですが、15世紀後半には里見三羽ガラスの一将として剛勇をはせた土岐氏が万喜城主と言われます。しかし、1564年第二次国府台合戦で里見氏が北条氏に敗れると、北条氏に従い里見氏から離反。以降、里見氏や上総武田氏から攻撃を受けるようになりますが、剛勇をはせる土岐氏は寡兵ながら撃退しています。土岐氏家臣には、後に徳川将軍剣術指南役となる御子神典膳もおり1589年の里見氏との戦いでは里見軍の関八州に名声が高い豪傑正木大膳時堯と互角に戦ったことから一躍名を馳せたとされます。しかし1590年の北条攻めで、北条方の土岐氏は本多忠勝率いる徳川軍に攻め落とされ、一時、本多忠勝が大多喜城に移る前に居城としたとされますが、1591年、廃城となっています。城は、東・西・北の三方が夷隅川の急峻な崖に囲まれた要害の地の標高50mの山頂部分に一の郭、二の郭、三の郭が配された東西500m南北800mの規模の山城です。現在、城は万木城跡公園となっていて山頂に上る道路は車1台分の幅しかないため信号機の交互通行となっていて、山頂の三の郭に駐車場、妙見台と呼ばれる見張台跡に天守閣風の展望塔が整備され、二の郭に井戸跡があり、その先の台地の杉林が一の郭とされます。
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