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播磨藩姫路城主

景色抜群です! (2018/03/04 訪問)

風光明媚の360度パノラマです!

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播磨藩姫路城主

景色抜群! (2018/03/04 訪問)

模擬櫓ですが茅葺き屋根はカッコいいです!

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播磨藩姫路城主

360度パノラマ (2018/03/06 訪問)

景色抜群でした!

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オダリン

稜保式の城塞 (2014/10/20 訪問)

五稜郭のなかの箱館奉行所が復元されたので行ってきました。

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播磨藩姫路城主

案内板 (2017/08/30 訪問)

ただの公園です。

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オダリン

洋式築城法で造られた (2014/10/19 訪問)

時代の流れに遅れていた。然し四稜郭はゴミひとつ落ちていなかった。

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オダリン

単郭の城 (2014/10/19 訪問)

土塁や堀を含めて単郭の城にしては規模の大きい城だ。

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todo94

私有地 (2014/03/15 訪問)

二郭に説明板があるが、本郭は私有地のようで立ち入ることができない。本郭、二郭間の空堀は見事だが、近くに水濠もわずかながら残っている。

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todo94

続日本100名城 (2014/03/15 訪問)

三好長慶の居城であり「こんな城もあったんだ」に取り上げられている。不安を感じる道を進んで楠公寺に車を置きいざ登城。本にも書かれているが多くのハイカーで賑わっている。本丸には小楠公・楠木正行の像。この城の所在地が四條畷市で四条畷の戦いにちなんでこの像が建てられたのであろう。本丸や二の丸の郭の下には石垣が残っている。アンテナの立つ千畳敷に向かっては土橋が伸び、虎口らしき遺構も見ることができた。

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todo94

立派な城址碑 (2014/03/15 訪問)

若江公民分館にある説明板と城址碑を撮影できたと思いきや、帰ってきてから調べてみると道の反対側にもっと立派な城址碑があるとのことであった。若江城の近くには木村重成の墓もあるので勿論、立ち寄っていった。大坂夏の陣で討死する武将であるが、私が今まで読んだ歴史小説の中でも大河ドラマ「真田丸」でも全て爽やかに描かれている。

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todo94

八尾神社 (2014/03/15 訪問)

八尾神社がその故地であるという八尾城。カーナビの指示で向かうと神社手前でいきなりアーケードが出現。思わず手前の立体駐車場に車を入れてしまった。石碑を撮影するためだけに200円の出費。

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にのまる

駅近♫ (2018/03/04 訪問)

続100スタンプ開始まで温存しておこうと思っていたのだけれど、石垣の調査のため堀の水を抜いているとのことだったので、帰京前に寄ってみました。
なかなかおもしろい♪
他にも調査中のところが何箇所かありました。

観光バスがたくさん停まっていて、中国語が飛び交い、いろんなポーズで写真を撮る人で溢れていました。

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みかわのひで

城外にも見どころが多い刈谷城

かつての刈谷城の中心部分は公園として整備されていますが、公園の外にも見どころが多いです。

まずはかつての三ノ丸だった郷土資料館に行ってみましょう。刈谷城のジオラマ模型のほか、刈谷城の歴史を記載したパネルがあります。でもここで無料の縄張り図をゲットできるのでお忘れなく!

そして市原稲荷神社は、桶狭間合戦時に兵火に遭った歴史がある神社です。

また徒歩10分くらいのところにある【椎の木】屋敷跡は、松平氏から離縁された於大の方が住んだ場所で、現在では銅像も建立されています。

ちなみに刈谷城は刈谷市では桜の名所として知られており、4月上旬~中旬は大勢の花見客で賑わいます。

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todo94

安閑天皇陵 (2014/03/15 訪問)

小さな神社の中に説明板と見えにくい城址碑があるだけだが、此処は城の二の丸で本丸は安閑天皇陵。天皇陵は宮内庁の管理下にあり、勿論、立ち入ることはできない。

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todo94

北条氏 (2014/03/15 訪問)

狭山陣屋は石碑と説明板が道の脇に建つのみだが、狭山藩主は、豊臣秀吉に滅ぼされた北条氏の後裔である。

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大和宰相

2003年12月13日大坂城三の丸障子堀跡発掘現地説明会 (2003/12/13 訪問)

発掘現場は、現在の大阪府警察本部建物の地下にありますので見ることはできません。当時は、大坂の陣で豊臣期大坂城が落城した頃の遺構である三の丸南西角部分と障子堀跡が地下6mから出現したことで多くの見学者が訪れました。堀底に立つ説明員との比較で堀の深さ、幅の規模や構造がよくわかると思います。粘土に覆われた斜面の角度は45度あり、迂闊に入ると重武装の武士ひとりでは堀からの脱出は困難だったでしょう。鉄砲の有効射程も織り込み済みで、堀に侵入した徳川軍は、堀底の仕切りで行動の自由を制約されたうえに豊臣軍から鉄砲弾を頭上から容赦なく撃ち込まれたことになります。防御戦を有利に、あるいは真田丸のような出丸構造なら反撃戦が広範囲で可能な城であったということになります。

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todo94

中途帰還 (2014/03/15 訪問)

道沿いの説明板はすぐに判ったが、登城路らしき道が通行困難な状態になっている。急峻な山肌を無理矢理登って尾根にとりつくと漸く登城路が現われた。黄緑の梱包用テープが木に巻いてあるので安心して進んでいった。二重堀切からは竪堀が伸びているように見えこれだけで満足してしまい、この東側の郭の先にある西側の郭は完全にパスしてしまった。見事な竪堀は西側にあるらしい。根来衆が奪って拠点としたという根福寺城。又いつかやって来ることになるだろう。

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todo94

震災前最後の訪城 (2014/03/22 訪問)

一口城主宛に送られてきた招待券を使用。重文の不明門の特別公開の表示を発見。慌てて不明門に駆けつけた。中々人足が途絶えず写真撮影には難渋してしまった。その後は東竹の丸、竹の丸から本丸を目指したが、咲き始めの桜を眺めつつ、本丸御殿、大天守、数寄屋丸は全てパス。重文の宇土櫓だけはじっくりと楽しませてもらった。頬当御門から西出丸、二の丸に抜け、西出丸の堀越しに天守群を楽しんでから、桜の小路に下っていって昼食をとった。前夜食べることができなかった馬刺し、辛子蓮根、一文字のグルグルに地ビールまでつける贅沢をしてしまった。

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todo94

公園 (2014/03/21 訪問)

八女市役所近くの市街地に位置する平城で市民が憩う公園となっているが、櫓台とそこはかとなく土塁、そして堀跡が残っていた。

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オダリン

異国の城のようだ (2011/12/20 訪問)

紅い装飾。

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