ごてんやまじょう

御殿山城

東京都新宿区

別名 : 太田道灌別館、御殿山
旧国名 : 武蔵

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チェブ

赤城神社から御殿山城の巻。 (2026/02/28 訪問)

神楽坂で友達と散歩していたら偶然「御殿山城」に着きました。
以前と同様『御殿坂』の標柱を写し、散歩の続きをしました。

この日のメインは、神楽坂でカナルカフェでランチと赤城神社でお参りすること。
カナルカフェは「江戸城」の外堀の水辺にあるお店です。オープン前から行列ができていてテラス席を希望してましたが、私も友達2人も花粉症で辞退しました。

で、次に『赤城神社』。飯田橋駅からそんなに遠くないです。
赤城神社は1300年に群馬県の赤城山麓の豪族、大胡氏が移住して赤城神社の御分霊をお祀りしたのが始まりです。
その後、1460年に太田 道灌さんが神威を尊んで、神楽坂に遷したそうです。(元は早稲田田島村)
たしか「御殿山城」は太田 道灌さんの館だったので合点。
そして、現在は隈研吾氏デザインのかっこいい社殿になってます。
木とガラス。写真を写そうとすると、たくさんの人と自分が写り込みます。
それから、狛犬がオカッパ頭で可愛いです。
お守りは女子が好きそうなモダンなデザイン。ゲゲゲの鬼太郎のちゃんちゃんこデザインのもありました。

『赤城神社』は女子の願いを叶えてくれるらしい。

こんな、勘違いから神楽坂散歩を計画しましたが、今と昔を行ったり来たりした「御殿山城」攻め(?)でした。

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ぴーかる

御殿山城 (2025/05/17 訪問)

【御殿山城】
<駐車場他>築土八幡神社鳥居前の交差点にコインPあり。
<交通手段>牛込見附跡から徒歩で築土城跡⇒そのまま徒歩で。

<感想>1泊2日江戸満喫旅4城目。1日目の江戸城外濠巡りのついでに来ました。城びとポイントの西の「御殿坂」の地点に標柱があり(詳細は添付写真読んで下さい)ます。遺構は残っていないので標柱だけ撮影しました。東京のちょこ城、標柱があるだけまだましかな。

<満足度>◆◇◇

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しんちゃん

坂の上の城 (2024/12/12 訪問)

標柱に書かれている由緒書きによると、江戸時代、筑土八幡神社の西側は御殿山と呼ばれ寛永期(1624~44)三代将軍家光が鷹狩の際に仮御殿を設け、御殿坂(ごでんさか)の名はそれにちなんでいるとのことです。
当然のように遺構は無く、標柱が立っているのみです。こんな標柱しか無い城址は夜襲で十分でしょう。
御殿山城「あたたた!」 ポカポカ!
いたたた、本当のこと言っただけじゃん・・

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イオ

やはり標柱のみ (2023/06/09 訪問)

室町中期に太田道灌が築いた館城で、同じ高台上の築土城と一つの城だったとも云われます。江戸前期には徳川家光が鷹狩の際に仮御殿を設けた地でもありますが、現在は住宅地になっていて遺構は消滅しています。

筑土八幡神社から御殿坂をはさんで西側が城跡とのことで、周辺を散策していると城びとの位置情報付近の壁面に何やら説明板らしきものが…。城びと先達の投稿では、石碑も説明板もないため、みなさん御殿坂の標柱の写真を投稿しておられますが、ついに説明板が新設されたのでは!? と勇んで近付いてみると「東京府仮小学 第三校跡」とあり、城とは何の関係もない説明板でした。やはり此処には標柱しか投稿できるネタはなさそうです…。
 

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城郭情報

分類・構造 平山城
築城主 太田道灌
築城年 長禄年間(1457〜1460)
主な城主 太田道灌、宇多川長清
廃城年 不明
遺構 消滅
再建造物 なし
住所 東京都新宿区筑土八幡町