やながわじょう

梁川城

福島県伊達市

別名 : 鶴ヶ城、鶴岡城
旧国名 : 陸奥

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伊達氏時代の大手口跡
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カズサン

やっと大手桝形土塁を確認 (2021/11/14 訪問)

 5年前の4月初登城した折、城郭放浪記さん余湖図コレクションさんの情報、写真で認識していた大手門跡土造り大型枡形を探しあぐねて後にした事が有り、今回の桑折西山城探訪を終えて梁川城へ、是非大手門跡の枡形遺構を見たいと車は石垣、土塁の北先端に鎮座する浅間神社駐車場3台可能を利用し余湖図コレクションさんの俯瞰図と今回はスマホも有り北の団地にある方向へ約200~300m程歩き西に折れた団地の中に小公園が有り、土造りの枡形、土塁か広々と高く聳えてる、こんな近くなのに前回は見つけられ中たのかと探訪未熟を痛感。
 陽が傾き団地住宅の陰で草に覆われた土造りの枡形の写真が今一、枡形から北側に西に延びてる土塁も撮影、確認出来て5年振りの宿題が解決、本丸に戻り史跡庭園の櫓台石垣の確認、上杉氏時代の大手門跡、松前氏時代の大手門跡を訪ねる、小学校跡は草に覆われて、保育園は片付けられ史跡庭園、土塁、浅間神社以外は広々とした草原、今後は梁川城の為の活用が期待されます。
 駐車場は浅間神社駐車場以外に梁川高校駐車場、少し北の専用駐車場が利用できます。

 歴史:源頼朝奥州仕置き後伊達氏に伊達郡を賜り以後梁川城約300年の治政が継承され陸奥探題を務める、1532年頃14代稙宗の時桑折西山城に移る、豊臣秀吉奥州仕置き後蒲生氏、上杉氏と移り、関ヶ原後幕府領と大名領と入れ替わるが文化4年(1855年)松前氏が3万石で入封し明治を迎える。

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モト

伊達家にゆかりの深い城跡 (2021/08/10 訪問)

遺構は土塁や庭園にある石垣が見所です。
その石垣がどこの残りなのかははっきりわからずですが、その石垣を見て心踊ってしまう私です。
伊達家に300年という長い時間を関わってきた梁川城、建っていた頃の詳細な遺構を見たかったなという欲が出てきてしまいました。

残る遺構は範囲が小さい為、見学はしやすいです。
伊達家の事など思いを巡らし、土塁や石垣を眺めている間に意外にもなかなか時間が経過してしまった城巡りでございました。

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小城小次郎

びっくりするような歴史も隠れている (2021/07/17 訪問)

300年くらい伊達氏の本拠として不動の時代を過ごした後、300年くらい支配者が転々とする慌ただしい時代を過ごした地。尾張藩を継ぐ徳川宗春がここにいたとか松前氏が蝦夷から移されたとか、びっくりするような歴史も隠れている。

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しげさん

城趾風景 (2021/02/27 訪問)

巨大な土塁はお見逃しなく。

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城郭情報

分類・構造 平山城
築城主 伊達朝宗
築城年 13世紀中期?
主な改修者 須田長義
主な城主 伊達氏、蒲生氏、上杉氏
廃城年 寛文4年(1664)
遺構 曲輪、石垣、土塁、横堀(水堀)
指定文化財 国史跡(伊達氏梁川遺跡群)、県史跡(梁川城跡及び庭園)
再建造物 復元庭園、碑、説明板
住所 福島県伊達市梁川町字鶴ヶ岡
問い合わせ先 伊達市教育委員会教育総務課
問い合わせ先電話番号 024-577-3245