しがじょう

志賀城

長野県佐久市


旧国名 : 信濃

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登城口の石碑
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赤い城

断崖絶壁のその上に (2021/11/27 訪問)

雲興寺の駐車場に車を駐め、本堂右手の登城口から登っていきます。
すぐに石積も見られるなど期待十分で登っていきます。
登城路はわかりやすいです。
登って行くと巨岩の岩肌が聳え立っています。
この上が城、自然の要害でここが攻め落とされるなんて、と。
信玄はやはり強かったのですね。
城域は東西に伸びていて堀切や石積も施された曲輪が並んでいます。
主郭背後には堀切、二郭の先には断崖の堀切、というか崖になっていました。
テープも張ってあり、進むのは断念しましたが。
降りる道を間違えてしまい、反対側に降りてしまいました。

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生首3千 (2021/11/25 訪問)

 雲興寺より登城路が整備されています。崖っぷちの道を歩きますが、概ね迷うことなく城址に行くことができます。Todo94さんが述べておられたように落ち葉が積もっていて滑り落ちそうになるところもありますので要注意です。登って行くと岩壁が姿を現します。所々、石積みが残っていて楽しませてくれました。尾根の上に築かれた城址ですが南側は断崖となっています。東端は岩盤の堀切となっています。城址としては結構楽しむことができました。
新田次郎の「武田信玄」を読んだ時から行きたいと思っていた城址です。この攻城戦のエピソードは印象的で援軍に来た上杉勢の首級3千を並べて、戦意を喪失させ落城させたことや、落城後は籠城していた非戦闘員の男女を含め過酷な処置をしたことなど、中学生のころ読んだと思いますがずっと覚えていました。
昨年登城する予定でしたが新型コロナウィルスの影響で今年となりましたが行くことができたよかったです。

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todo94

佐久に厳しい武田晴信 (2020/03/07 訪問)

日帰りドライブによる城攻めの締めは長年、行きたいと思っていた志賀城。登城路がわからず、撤退した苦い経験が過去にある城です。新田次郎の「武田信玄」のなかに志賀城攻めでずらりと首を並べたり、金山送り、人身売買など、佐久に対する武田晴信のひどい仕打ちが印象に残っています。佐久にシンパシーを感じている私が武田信玄を好きになれない一因をなしています。

登城路は整備されていて青いテープがこまめにつけてあるので迷う心配はないかと思いますが、片斜面で落ち葉が厚く積もった細い登城路は、滑落の心配は多分にありますので注意が必要です。たくさんの遺構が残っていて、2020年にこれまで41の城を初攻城していますが、これらの中では志賀城が一番素晴らしかったと感じています。

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オチョ

武田晴信の壮絶な攻城戦の城 (2018/10/16 訪問)

麓の雲興寺の右脇から登ることができます。登城路はこまめに印がつけられており迷うことはありませんでしたが、倒木が多く少し難儀しました。道もお世辞にも良いとは言えない道なのでしっかり準備をして登りましょう。
垂直にせり立つ岩肌の下を通って登ると石積と曲輪が現れます。城の規模が予想以上に大きく驚きでした。
良好に残る曲輪や堀切、所々残存する石積など見所の多い山城でした。
山麓には道路沿いの畑の中にポツンと城主笠原清繁の首塚が残っています。小田井原の戦いでの首もこの辺に並べられたのでしょうか・・・

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城郭情報

分類・構造 山城
築城主 笠原氏
築城年 戦国時代
主な城主 笠原氏
廃城年 天文15年(1546)?
遺構 曲輪、土塁、堀切、石積
住所 長野県佐久市志賀
問い合わせ先 佐久市観光協会
問い合わせ先電話番号 0267-62-3285