日本百名城の一つ三重県松坂市の松坂城です。この地方を治めていた北畠氏が1567年からの織田信長の伊勢侵攻に屈服、信長次男信雄に家督を譲り、信雄が南伊勢の領主となります。信長亡き後、豊臣秀吉に信雄は伊勢から追われ、替わって158年蒲生氏郷が入封。それまでの松ヶ島城から南2.5kmの四五百森と呼ばれるこの地に1588年新たに築城したのが松坂城です。阪内川南、標高35mの独立丘陵に本丸を中心として東に二の丸、南に隠居丸、西にきたい丸を石垣造りとし、麓の三の丸を水堀で囲み、東西600m南北850mの規模で、松ヶ島城下から寺社や商家を移住させ城下町も新たに整備しています。氏郷が会津へ移封となると1591年服部氏、1595年古田氏が城主となり、1619年徳川頼宣が和歌山藩主となるとこの地は和歌山藩領となり、以後、藩内勢州18万石を統轄する城代が置かれ明治維新まで続いています。現在城跡は、三の丸や堀は大部分が市街地となっていますが、裏門側に御城番屋敷が残り、本丸・二の丸・隠居丸・きいた丸が松坂公園として、城址公園には建物は残っていないものの、高い石垣が往時を偲ばせます。
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