静岡県掛川市の高天神城です。室町時代駿河の今川氏が遠江への侵攻の拠点として築いたとされ、戦国時代には遠江をめぐる武田・徳川の激しい攻防の舞台となりました。1571年武田信玄が徳川方の城であった高天神城を攻めますが攻略できず、信玄亡き後1574年武田勝頼が攻撃、徳川家康は援軍を出せず1ケ月の攻防の末城主小笠原氏は降伏開城、信玄でも攻略できなかった高天神城を落としたことから勝頼の武名を上げたとされます。その後、武田方となった高天神城は徳川の攻撃をたびたび受けるようになり、1575年長篠の戦で大敗し勢力が衰えた武田氏は、1580年9月の徳川氏の攻撃に対して籠城した高天神城8百の兵に対し援軍を送ることができず高天神城は兵糧も絶え1581年3月陥落、廃城となっています。城は、信州へ向かう街道と浜街道を押さえる交通の要衝である標高130mの山上に築かれ、東の峰に本丸、西の峰に西の丸・二の丸、その間の鞍部に井戸曲輪、南側の尾根に三の丸を置き、山全体が急斜面で難攻不落の城とされます。城跡は現在山頂に高天神社が祭られ、北側山麓の搦手門側の参道に大きい駐車場があり、南側追手門側にも小さい駐車場があります。
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