三重県亀山市の亀山城です。1265年関氏が隣接する亀山市若山町の亀山古城跡へ築城したのが始まりとされ、現在の地にも戦国期の空堀が確認されていることから、この地に関氏時代に移った可能性もあります。1573年織田信長により関氏が追放されるまで関氏の居城となっています。1590年岡本氏がこの地に封じられると旧城を母体に築城を行い、本丸、二の丸、三の丸を配し天守も建てられたとされます。1636年本多俊次が城主になると城の大改修が行われ本丸、二の丸、東三の丸、西の丸、西出丸を整備、外周に堀を廻らし、本丸に将軍上洛時の宿泊所用本丸御殿、二の丸に藩主居館と政庁を兼ねた二の丸御殿が造られ、東西700m南北500mの規模とされます。城下は東海道が通り東海道53次の亀山宿として栄えています。城主はその後めまぐるしく替わり1744年石川氏が城主となると明治維新まで続いています。明治になると城の建物は取り壊され、現在は多聞櫓と石垣、土塁、堀の一部が残るのみで、本丸付近が亀山神社・ますみ児童公園、二の丸が亀山西小学校・市役所、西の丸が亀山中学校や住宅地、東三の丸が市街地となっています。
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