犬の散歩を兼ねて備中高松城へ。
城跡は整備されて高松城址公園として、近所の人たちの憩いの場であり、子供たちは遠足でも訪れる場所です。
公園内はもちろん、今では民家もある場所も城内だったので、看板で「ここが本丸か」と確認しないとわかりません。
城主・清水宗治公の首塚は本丸にありますが、胴塚は城跡から少し離れた民家の中にあります。
また、宗治公自刃の地は城の東側にある高松山妙玄寺に。宗治公家臣が刺し違えて殉死した場所もその近くにありました。(こうやぶ遺跡)
公園入口すぐに資料館があります。(開館10時~15時)
小さな資料館ですが、ビデオ上映もあり、結構資料も充実していました。
続100名城スタンプはもちろん、登城記念スタンプも3種類ありました。
そこでいただいたパンフレットがとてもわかりやすく、興味深く読めました。もっと理解を深めたい方は100円~200円の小冊子もいいかもしれません。
気になったのでまた次行った時に見せてもらおうと思います。
そして車で5分ほど移動して、蛙ヶ鼻築提遺跡へ。ここは秀吉が築いた堤防の端くれが残っている場所。
幅21m、高さ7mの土の堤防。こんな大きなものをたった12日間で、2.7kmも造ったなんて。。
最近の調査では、実は高さ2mを300m造っただけなんて説が有力らしいですが。
その程度でも十分水が溜まる地形みたいですね。
資料館のビデオにもありましたが、この水攻めの最中、織田信長が本能寺の変で横死します。
もし、信長の死がもう少し早かったら。
宗治公が自らの命を差し出さなかったら。
秀吉が天下人となるスタートラインにもなった、歴史が大きく動いた分岐点の戦であることを思うと、なんとも言えない気持ちになりますね。
今度は備中七城も訪れてみようと思います。
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