東横線の反町から歩きましたが、坂道を結構上って下りて仕上げにもう一回登ったところでした。
城址「本覺寺」の由緒記に「丘陵上にあり、横浜を眼下に望み、さらには湾内を見渡すことができる(からハリスはここを領事館に選んだ)」とあります。行きの電車でたまたま読んでいた髙田郁さんの「花だより」でも江戸時代の神奈川宿の様子がまさにそんな感じで描かれており、坂道を歩いて歴史を辿るブラタモリ気分でした。ただ、海は全く見えません。どこに行ってしまったのでしょう…。
また「領事館時代に白ペンキを塗られた山門は、この地域に残る唯一の江戸時代に遡る建築である。」とありましたが、この書き方、なんか引っかかる(・・?)
白ペンキを塗られた…塗られてしまった…塗りやがった(´༎ຶོρ༎ຶོ`)みたいな。
生麦事件で負傷したイギリス人2人が駆け込んだのも本覺寺だったそうです。(事件現場からナビウォークすると約5kmでした。🐎じゃないと助かりませんねー)
青木城時代については「権現山の合戦で荒廃した」としか書かれていませんでしたが、ネット検索するといろいろ出てきました。
共に戦場となった権現山城とはJRと京急線の線路を挟んで向かい合っています。
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