もおかじょう

真岡城

栃木県真岡市

別名 : 芳賀城、(真岡陣屋)
旧国名 : 下野

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チェブ

桜咲く。 (2024/04/13 訪問)

芳賀氏の居城「真岡城」。桜満開の季節にお邪魔しました。
「真岡城」跡でもある真岡小学校近くの行屋川水辺公園に駐車場があります。
私は、城山公園の駐車場を利用しました。
城山公園には『真岡陣屋』の石碑と説明板があります。こちらは「真岡城」の四ノ丸になるそうで、土塁の上には小さなお社がお祀りされてました。
グラウンドになっていて、朝の9時、皆さんゲートボールしてます。
道路になってしまった堀を渡り、小学校へ。門の右手に説明板があります。
本丸、二ノ丸、三ノ丸が真岡小学校の敷地内です。
仕切りとなる堀でもあるのかと、右手に続く遊歩道を歩きました。
下には行屋川が流れ、桜並木が感動的でした。
桜に誘われて、行屋川水辺公園の遊歩道へ。
散歩されている方、桜の写真を写してる方に紛れて土塁の写真をパシャ。
公園入口には駐車待ちの車が早くも待機していました。こちらから、坂の上にある城山公園に続く道が堀のようです。

「真岡城」、冬に来る予定でしたが、雪予報や高速道の降り口を間違えて別城に予定変更と、伸び伸びの攻城になりました。
でも、桜の季節にお邪魔できて良かったです。
石碑や遺構の写真に、桜が入るように右へ左へ、はたまた、しゃがんで写したのは始めてではなかろーか?
と、桜ばかり見てた「真岡城」攻めでした。

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todo94

締め (2023/12/10 訪問)

この日の午後、上三川城⇒桜町陣屋⇒真岡城の順でめぐり、真岡城をトリにしたのは、真岡インターから帰路に着くためでした。真岡城の曲輪は小学校の校舎が建ち、グランドとなっていて立ち入ることができませんが、公園化された部分は自由に散策することができます。公園部分よりも陣屋の説明板がある一角の方が城としての趣を感じることができました。シェルさんの投稿にある公園の北側にある遺構には脚を伸ばしていませんのでここもいつか再訪せねばなりません。

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しんしんちゃん

写真古くてゴメン。現状小学校。 (2019/11/03 訪問)

真岡城は宇都宮氏と縁戚関係のある芳賀氏(清原氏)の居城で築城時期については諸説あるようです。慶長2年(1597)宇都宮氏が豊臣秀吉によって改易され真岡城もその時に廃城になったようです。現状は真岡小学校になっていて本丸跡はグラウンド、二の丸跡には校舎が建っているようです。

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シェル

けっこう遺構が残っている 〜SLが走る街のお城〜 (2023/08/19 訪問)

茨城の下館駅から真岡鐵道の土日祝日運行のSLもおか号に乗車し、約30分で栃木の真岡駅に到着。(乗車券+500円でSLに乗ることができます。)
真岡駅東口から、徒歩約10分ほどで城山公園に到着。
城山公園の南側を通る県道47号は、かつての堀だったと思われ、谷のようになっています。
城の中心部は、現在は真岡小学校になっています。
城山公園一帯は、かつての四の郭で江戸時代に真岡陣屋が置かれていた場所です。こちらに駐車場やトイレが設置されています。
城山公園と真岡小学校との間の道路は、三の郭と四の郭の間の空堀跡で、現在も北側(小学校側) が高くなっていました。
真岡小学校の校門前には、案内板も設置されています。
学校の周りを散策すると、遺構がかなり残っており、小学校の東の公園を北に進むと、城塁が良好な形で残存し、北東側には、虎口のような遺構が残っています。
小学校の北西には、土塁と空堀が残っており、その南のかつての三ノ郭の西側部分には、横矢の構造も残存していました。
また真岡城の東側の久町通りにある久保記念観光交流館では、御城印が販売されています。(1枚300円)

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城郭情報

分類・構造 平城
築城主 芳賀高貞
築城年 貞治元年(1362)
主な改修者 芳賀氏
主な城主 芳賀氏
遺構 曲輪、土塁、横堀(空堀)
再建造物 石碑、説明板
住所 栃木県真岡市台町字城内(真岡小学校)
問い合わせ先 真岡市教育委員会文化財係
問い合わせ先電話番号 0285-83-7731