ひらどおたち

平戸御館

長崎県平戸市

別名 : 御館
旧国名 : 肥前

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todo94

本土最西端を経て平戸島、生月島へ (2026/02/21 訪問)

今回の3連休の行き先は、長崎にしました。最大の目的は、本土最西端・神崎鼻の四極コインと証明書を手に入れることです。金曜の仕事を終え広島にて前泊。始発のさくらで博多にアクセスし、博多からは2枚きっぷで佐世保に向かいました。特急みどりの指定席は満席でしたが、自由席には余裕がありました。佐世保駅前でレンタカーを借り受け、本土最西端の神崎鼻を目指します。今回が2度目の神崎鼻ですが、かなりきれいな公園として整備されていてびっくりしました。まあ、本土4極の中では一番マイナーですものね。巨大な日本地図で4極を表示するなど、アピールに余念がありませんでした。余談ですが、最西端といいつつ、西方に陸地が見えています。平戸島だから本土ではないんですけれども、橋で本土とつながっている島ですからね。おさかな広場小佐々店にて無事、神崎鼻の四極コインと証明書を手に入れることができました。ついでに、昼食としてにぎりずしも購入いたしました。この後は、世界遺産の構成資産である安満岳にのぼり、中江ノ島を遠望し、生月島最北端の大バエ灯台まで足を伸ばしてから、一日の締めとして平戸御館を攻城した次第です。松浦史料博物館に入館するのは、2010年8月、大河ドラマ「龍馬伝」の年に、「幕末から明治維新「平戸密会」を成功せよ!~薩長同盟の立役者を捜せ~」に参加して以来、16年ぶりになるでしょうか。

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送りバント

20220510平戸御館(長崎県平戸市) (2022/05/10 訪問)

平戸城とは平戸港を隔てた対岸に位置しており、現在は松浦資料博物館となっている

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じゅんじん

松浦館 (2025/01/25 訪問)

港に駐車していきました。平戸城がよく見えます。

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トク

【春の長崎天草を巡る⑤】(5)平戸御館 (2025/03/27 訪問)

春の長崎天草を巡る旅、(5城目)は「平戸御館」です。

平戸城天守から北虎口門を下って海沿いを歩き、平戸桟橋から階段を登ると平戸御館です。ここにはかつて藩主松浦氏の館がありました。明治時代に入り私邸として建て替えられたものが払い下げられ、現在は「松浦史料博物館」となって、松浦氏の今に残る貴重な史料が展示されています(写真①~⑤)。

平戸桟橋の横には「オランダ商館」が再建されています(写真⑥⑦)。平戸は江戸初期には長崎と並ぶ日本一の貿易港でした。1600年オランダ船リーフデ号に乗り豊後臼杵に漂着したイギリス人の三浦按針(ウイリアムアダムス)は、家康の外交顧問兼通訳として250石を与えられ旗本となり、伊豆の伊東にて造船技術を教えます。それから1605年には平戸にイギリスの東インド会社の支店を開設し、オランダ船やイギリス船が来航するようになり、オランダ商館やイギリス商館を開設して、平戸を長崎と並ぶ日本の貿易の拠点としました。しかし家康死後の1616年、幕府は貿易を長崎の出島のみとし、相手もオランダのみとする事に一本化したため、按針は秀忠や老中たちと意見が合わずに行き場を失い、晩年はここ平戸のオランダ商館で過ごし、1620年平戸で亡くなったそうです(写真⑧按針終焉の地)。

商館の前からは平戸城がよく見えました。晩年の按針はどんな思いで、ここから平戸城を見上げていたのでしょうか?(写真⑨)

御館の下に足湯があったので浸かって歩き疲れを癒し(写真⑩)、桟橋から佐世保行のバスに乗りました。夜は佐世保駅前に連泊し、翌日は佐世保を観光しようと思います。
 

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城郭情報

分類・構造 平城
築城主 松浦鎮信
築城年 慶長12年(1607)
主な城主 松浦氏
遺構 曲輪、石垣
住所 長崎県平戸市鏡川町
問い合わせ先 松浦史料博物館
問い合わせ先電話番号 0950-22-2236