佐久山小学校の南の丘陵地が佐久山城の城址になります。麓の御殿山公園から道が続いていて、丘陵の上が本丸で北側に大きな土塁が残っていて、上を歩くことが出来ます。土塁への道がしっかり付いているので、遺構を崩す心配は必要ないと思います。
文治3年(1187)那須資隆の次男・泰隆によって築かれ、泰隆は佐久山氏を称しました。永禄6年(1563)泰隆の子孫・義隆は一族の福原資孝(大田原資清の次男)に滅ぼされ、佐久山城は廃城になりました。元禄15年(1702)に福原資倍が佐久山城の一部を補修し、山麓に陣屋を構え、明治まで続いたとのことです。陣屋跡は御殿山公園になったものと見られます。
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