本日は駿府城跡天守台発掘調査の4年間の発掘調査結果の総決算公開が駿府城跡天守台発掘調査現場で9時開場、9時半より現地説明会、都度の現地説明会には参加してますので今回は本年1月に天正期の小天守台発掘発見の報道以来見学す時が無く今回が初現地公開説明会、天正期の小天守台発掘現場を確認したくて参加した次第。
9時開場9時半説明に約2、300人ぐらいの参加者に見えました、関心の高さが伺えます。
天正期の大天守台発見で中村一氏豊臣期の天守台と報道されてましたが、今回の小天守台発見などの発掘調査検討、松平家忠日記文献の検証を踏まえ家康が浜松から駿府に移り関東移封の4~5年の間に豊臣家臣としての築城、大天守台小天守台普請ではないかと思われる? また1月19日に静岡市民文化会館で有った駿府城跡天守台発掘調査報告会で講師の日本城郭協会理事加藤理文氏も同じ事を言って居りました。
写真は天正期小天守台跡をメインに掲載致します。
中村一氏も家康関東移封後から関ヶ原合戦までの10年間駿府城在城ですので改修、一部築城普請も有ったかもしれませんので今後の発掘調査の精査、検証の最終報告書が待たれます。
また今後の駿府城跡天守台の天正期、慶長期夫々の現地地表展示をどの様にしていくかが悩ましい問題かも、私としては現地地表展示展示を部分的して家康期の天守曲輪と大天守、小天守を復元して頂きたいとの思いです。
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