今井環濠は室町初期には興福寺の荘園だったのが、戦国後期に一向宗の今井道場(後の称念寺)を中心に寺内町として発展し、石山合戦の際には本願寺に呼応して織田信長と戦いましたが、武装解除を条件に赦免された後は、大幅な自治特権を許され、江戸期には「大和の金は今井に七分」とうたわれるほどに繁栄しました。
武装解除として一旦は破却され埋め立てられた土居や環濠は、江戸初期には復活していたようですが、現在では往時のままの姿ではないものの、西側から南西部にかけて環濠と土居が、称念寺の南側には南口門と環濠や土居が復原されています。
この日は仕事の合間に立ち寄ったので、今井まちなみ交流センター「華甍」でパンフレットと予備知識を仕入れ、今井西環濠広場に車を駐めて、復元された環濠や土居、南口門を見て回り、称念寺や春日神社を見学した程度で終わりましたが、次に来た時には、重要伝統的建造物群保存地区に選定された歴史ある町並みを歩き、重要文化財の町屋などをめぐってみたいと思っています。
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