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ぴーかる

伊勢亀山城 (2019/10/06 訪問)

【伊勢亀山城】
<駐車場他>西出丸跡無料Pが近い。
<交通手段>車

<見所>旧天守台石垣・多聞櫓・復元二の丸帯郭
<感想>3回連続伊賀攻めの旅5城目。長野城跡が車で上がれた為に珍しく予定アップで来れた。再訪以外久々の近世城郭跡の訪城で、まず駅前の観光案内所で御城印を購入した。
 城跡は梯格式平山城で、現在の城郭は豊臣時代に武将岡本良勝が築城したのが母体となっている。江戸時代は伊勢亀山藩主はころころ変わっていて明治廃城令にて廃城となっている。現在本丸は公園と神社、二の丸は小学校、三の丸は市役所・中学校、西出丸は駐車場とテニスコートに現在はなっている。城跡の北と南方向に池が残っているがかつての水堀跡か?。現存の多聞櫓内の資料館は閉館時間で間に合わず残念だった。本丸内の三重櫓跡はなんだかよく分からない石積みに、二の丸(小学校)脇の小道を進むと埋門跡・復元の帯郭・塀がある。
 夕刻ぎりで予定より1城多く訪城できた。3回連続で伊賀・中勢地方を攻めたので次回は方面を変えて。334㎞無事走破。

<満足度>◆◆◆

<グルメ>名阪国道の亀山IC手前の「亀八食堂」はあくまでも焼き肉屋です。一見にはシステムがよく分からなく店員さんが塩対応なので説明すると、肉を注文すると必然に野菜と味噌だれと肉が一色たんになってやってきて、テーブルの鉄板にドーンと乗せられますので自分で焼きます。肉野菜炒めとして食べてもいいし、うどんかそばを注文時に頼んで一緒に焼きます。客のほぼ10割がうどんと一緒に味噌だれの焼うどんとして食べてます。お肉2人前に対してうどん1玉が相当らしいです。飲みたくなります。

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Fカット

第一水門、第二水門、列石 (2019/10/21 訪問)

駐車場に案内板が有り、県道を挟んであります。第一水門は駐車場わたってすぐに有りました。

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カズサン

私有地ですが城跡が素晴らしい (2017/04/15 訪問)

 一昨年の4月中旬下野上野武蔵の未踏の城廻りを終えて帰路、御殿場ICを降り深沢城へ駐車場は無いと前情報でしたが案内板城名碑前に若干の駐車エリアが有り路駐。(情報とガイドは何時もの城郭放浪記さん余湖図コレクションさん)

 深沢城は富沢川と抜川に挟まれ合流点が北側本丸の連郭式、三日月堀も有り武田流、今川氏、武田氏、北条氏、徳川氏と流れ小田原征伐後徳川関東移封と成り廃城との事。
 私有地ながら各曲輪、各案内標柱、遊歩道と揃って居り見学しやすい城跡です、現在曲輪は畑、田圃に成って居りあぜ道は慎重に歩きましょう、見学できる事に私有地の方御殿場市に感謝です、これからも保全管理整備よろしくお願いいたします。

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丹羽長重

名門佐竹氏の居城 (2019/08/12 訪問)

夏休みの秋田旅行の2日目。前の日には稲庭城、横手城のまわっていよいよ秋田市内にあるお城へ。最初に久保田城に寄ろうと決めていたので早速「千秋公園」へ行きました。
車を駐車場に止め、いざ登城!売店がある立派なお城です。きれいに整備されていて攻めやすかったですww
売店の横の階段を上がっていくとそこには木造復元されている表門が見えてきます。この門はTHE城門って感じの雰囲気が漂います。さらに横には御物頭御番所があります。(入力が難しい💦)この建物は久保田城で唯一残っている建物で中に入ります。気持ち本丸御殿の感じを味わえました。
さぁ表門をくぐって本丸へ。本丸にはでっかい佐竹義昭公の銅像があります。まるでお城を見守っているようでした。
最後に久保田城隅櫓へ向かいました。隅櫓は、白い壁に赤い高欄という美しいコントラストでとても行きたいお城でした。中は久保田城に関する歴史の資料を展示していて勉強になります。最上階からは秋田市が一望できて最高でした。
この旅行で一番見所が多いお城だったかもしれません!
ぜひぜひ行ってみてください!

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小城小次郎

奥池ヶ谷城

南北朝時代の城との伝承もあるが15世紀以降のお城と考えるのが妥当だろう。番士数名が常駐した街道監視の番城といったところかなあ。

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カズサン

見学遊歩道を付けて欲しい! (2017/04/15 訪問)

 一昨年の4月中旬上野未踏の城廻り、孫の入学式、祝いを終えての帰路圏央道坂戸ICを降りて大堀山館を初登城。(情報とガイドは城郭放浪記さん余湖図コレクションさん)

 大堀山館は西股総生署「東国の城」進化と歴史に紹介されており、香川元太郎画伯の想像俯瞰図が添付された是非見たいと機会を伺ってましたので大チャンス、南側の入り口を探すが偶々通り掛かった方に訪ねるも館の認識無く、圏央道南側館跡北側非舗装道を探して進入中ほど案内板が道沿いに在り到着路肩駐車。

 案内板を撮影して館跡にやや進入するが人踏道も無く藪状態に進入探訪を躊躇し諦める薮と林を写して帰路へ、案内板の東に大型の駐車場が在ります。

 是非見学遊歩道、案内標柱を備えて戴き見学しやすくして頂きたいと思う次第です。

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todo94

土塁と空堀 (2019/10/13 訪問)

コの字形に土塁と空堀が残っている城館跡でした。想像していた以上に楽しめる遺構でした。近くに駐車場所は見当たらないので車でのアクセスだと少々難渋します。

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にのまる

麒麟がくる前に。 (2019/09/25 訪問)

水堀、土塀、模擬櫓。
ガラシャ夫人のイメージそのままの落ち着いた佇まいの美しい庭園でした。
井戸跡や土塁、階段跡、折れのある北門などお城らしさの数々も感じることができました。
ここで過ごした日々がお玉ちゃんの人生でいちばん平穏で幸せだったのでしょう。でも、信仰を得て、それを貫き通した最期も、壮絶ではありましたが悔いはなかったと思いたいです。

行ったのは9月のおわりで、10月は諸々リニューアル月間で休館日もあるとのことだったので、何も知らずに行ったけどラッキー(←よくある)だと思っていましたが、リニューアル後に行った方がもっとラッキーだということに今頃気づきました。
11/2に行くといいことだらけみたいです。
詳しくは👇
http://www.city.nagaokakyo.lg.jp/0000001138.html

細川藤孝書状版御城印、いいな。。。

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中川藤兵衛尉

篠山城 (2019/10/21 訪問)

二年前に登城した際には、台風被害により倒木が本丸を塞いでいたのですが、今は開通していました

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中川藤兵衛尉

奥谷城 (2019/10/21 訪問)

波多野氏が八上城に移る前の居城。今は屋敷から登城できます。往時とは違い、南の登土塁から主郭に行けます。主郭は北部の堀切と、北端を規定する大堀切とが見所です

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中川藤兵衛尉

八上城 (2019/10/21 訪問)

波多野氏の居城で、山全体を要塞化しています。所々に石垣が残されています

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さっちゃん

岩木山と弘前城 (2019/10/13 訪問)

10月11日~14日まで青森出張!!初めての弘前城へ登城してきました(・ω・)ゞ
だけど、岩木山は笠雲が出ており弘前城とのコラボは実現せず無念。。。

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中川藤兵衛尉

主膳屋敷 (2019/10/21 訪問)

高城山の麓、八上城主・前田主膳正の屋敷です。本丸にある看板で八上城と別に記載されていたので、別枠で投稿します。なかなかの広さです

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トーダイ

再登城します (2019/10/21 訪問)

登城入口<36.592713,137.149462>から約300m上ると登城口です。
しかし連日の雨で林道は小川状態、約100m手前に路駐、登城口に
案内板を確認するが、登城路は草深く・水浸し、再登城リスト入りです。

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赤い城

別名四津山城で四津山神社が建っています (2019/10/20 訪問)

四津山神社下の道路に駐車スペースがありました。
鳥居をくぐった先にトイレがあり、登城用?に杖が置いてありました。
神社に向かって石段がありますが女坂からのほうが雰囲気が感じられます。
神社が建っているところが主郭で2郭、3郭とそれぞれの間の堀切が残っています。
このエリアの城跡にはハズレは少なそうです。

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カズサン

本丸土塁、濠が良く残ってます (2017/04/13 訪問)

 一昨年4月上野未踏の城廻り、平井城を終わって夕暮れ近くに大泉町の小泉城(城之内公園)を初探訪。(情報とガイドは何時もの城郭放浪記さん、余湖図コレクションさん)

 公園東側二の丸駐車場を利用。

 本丸内部はグラウンド、周囲を土塁が囲みその周りを水堀が囲み北郭は土塁と水堀が残っており土塁も高い、小田原征伐後に廃城に成った様ですが市街化された中に中世城跡が良くここまで残ったと感心し感謝申し上げる。
 桜の盛りは過ぎて水堀に桜の花びら花筏が名残を惜しんでいました。

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小城小次郎

駿府城

「日本最大級の天守台を地中に秘めた城」に、「新旧二つの天守台を同じ場所に持つ城」という新たな称号が加わった。

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カルビン

雨に阻まれた登城 (2019/10/20 訪問)

満を持して向かった1泊2日の山陰弾丸行軍

公共交通機関が色々な理由で各場所で遅れまくったり、悪天候の影響で、ここまで余裕無い行軍は未だかつてなかったです(汗)


そしてそのあおりをモロに受けた十神山城・・・

早朝に安来駅へ到着し、そこから徒歩約10分先の登城口を目指したのですが、目の前に見えた十神山の上に明らかに雨雲とわかる黒い雲が・・・
案の定途中から雨降りだし始め、いよいよ登城口入口では本降りになってしまいまして(危)

登山としてもそこそこキツイという情報だったので、ここは全景と登山口にあった十神山城の解説を確認して登城は控えました。

・・・前日の山城攻略で体が悲鳴上げていたのも登るの控えた理由だった訳で・・・山陰、険しい山城多いっすね(体感 ε=(ーДー;)ゞ)

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カズサン

ミツバツツジが奇麗な関東管領上杉氏の城 (2017/04/13 訪問)

 一昨年4月上毛線、上州未踏の城廻り、桜の山上城、膳城、大胡城、上泉城、後閑城を経て関東管領上杉氏の城平井城を初登城。(情報ガイドは何時もの城郭放浪記さん余湖図コレクションさん)
 ナビは県道173号線沿いの平井城へ定めそのまま車で入城し本丸横の駐車エリアへ停める。

 復元された土塁と関東管領平井城の幟が多数で出迎え、土塁見学、土塁西の二の丸今は畑、本丸エリアの平井城の情報看板が多数並べられ城の概要を勉強し、本丸東奥の石碑を見学、鮎川沿いの崖淵を眺め、少し離れた本丸と三の丸の間の発掘復元土塁、橋、竪堀を探訪し、三の丸の標識、少し手前北の平井城保存会小屋を訪ね資料を頂く。
 頂いた資料によるとここより約1km超南西に詰城「金山城」の資料案内が有りました。

 丁度時期的にミツバツツジが満開、上杉氏一族の碑の前後にはミツバツツジが奇麗に覆って居ました、悠久の歴史の風情を醸していました。

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イオ

天王寺合戦と赤穂義士!? (2019/08/30 訪問)

織田信長が石山本願寺包囲の南側の拠点として原田(塙)直政に築かせた城砦で、天王寺合戦の舞台となり、直政が討死した後は佐久間信盛が天王寺城に入って本願寺攻めの主将となりましたが、本願寺の降伏後、包囲するだけで戦功をあげていないとして信盛は高野山に追放され、天王寺城も廃城になったようです。

城域は現在の月江寺付近とみられますが、遺構も石碑も説明板も何もありません。ただ、周辺を歩くと西側は急な下り坂で、この地が上町台地の西端であることがよくわかります。

ちょうど「村上海賊の娘」の天王寺合戦のあたりを読んでいるところだったので、何も残っていなくても想像を巡らせて雰囲気だけでも楽しむことはできましたが、そうは言ってもあまりに見どころがないので、天王寺城とは全く関係のない周辺情報をひとつ。

月江寺から谷町筋をはさんで東向かいにある吉祥寺は、住職を播州赤穂から迎えたことが縁で、浅野内匠頭長矩も参勤交代の際に立ち寄るなどの交流があり、元禄赤穂事件の発生後ほどなく長矩の墓が建立され、討ち入り後には寺坂吉右衛門から依頼を受けて、赤穂義士たちの墓も建てられました。併せて吉右衛門から託された義士たちの遺髪や遺品などは大阪大空襲で焼失してしまいましたが、現在も赤穂義士の墓所として往時の墓碑が守り伝えられており、毎年12月には大阪義士祭が執り行われています。
 

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