しずはたやまじょう

賤機山城

静岡県静岡市

別名 : 籠鼻砦
旧国名 : 駿河

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登り口
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昌官忠

JR飯田線/身延線沿線城巡り6日目:賤機山城 (2021/07/02 訪問)

JR飯田線/身延線沿線城巡り6日目の10城目は賤機山城です。
丸子城から転戦。温浴施設「美肌湯」脇の道路を登ったスペース(34.989436、138.3724)に路駐しました。

賤機山城の築城年代は駿河の守護・今川範政が駿府に入った1411年(応永18年)ごろとされるが、さらに古いとする意見もあるようです。今川氏館の詰城として築かれたと考えられています。
1568年(永禄11年)に武田信玄が駿河へ侵攻した際には賤機山城と考えられている「籠鼻」に陣取り今川氏館に火を放って焼き尽くしています。
その後は駿河を手中にした武田氏の管理下に置かれましたが、1582年(天正10年)に徳川家康が駿府に入ると廃城となりました。
現在の賤機山は市街地に程近いハイキングコースとなっており、曲輪や堀切などの遺構を見ることが出来ます。
山麓にある臨済寺は今川氏歴代の菩提寺で、また太原雪斎ゆかりの寺として知られており、墓地には今川氏輝と太原雪斎の墓、そして中村一氏の墓があります。

温浴施設「美肌湯」の脇の道路を登りました。途中に3台分程度の駐車スペースがあります。
そこから歩くと10分足らずで賤機山公園頂上の戦没者慰霊塔に着くそうですが、丸子城で降りだした雨はますます強くなり、しばらく待って攻城を断念しました。
攻城時間は15分くらいでした。(ほぼ雨やみ待機時間です)

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ぴーかる

賤機山城 (2020/09/20 訪問)

【賤機山城】
<駐車場他>静岡浅間神社駐車場無料
<交通手段>レンタカー

<見所>堀切・曲輪
<感想>GoTo静岡1泊2日攻城の旅2日目、ラスト6城目。賤機山城のある賤機山は駿府城の北にあり、南北に馬の背状に伸びた地形で、山頂部に主郭を含む2郭と櫓台がある。尾根筋にはいくつかの堀切と曲輪がある。最南の麓に静岡浅間神社、山頂の東麓に臨済寺がある。今川氏時代の駿府館を防備する地形、西に安倍川、南に八幡山砦、東に愛宕山砦、北がこの賤機山城は詰城としていた。その後武田氏、徳川氏に占拠され廃城となっていったようです。

 まず、浅間神社にお参りして、登山。登城口は北麓、賤機山公園の西麓とか数本あるようですが、私は境内にある麓山神社脇道から入りました。麓山神社に登る百階段が急すぎて、山頂までの間で一番怖いです。3分の1程の賤機山公園までは比較的舗装された道になっているので登り易いです。公園は山頂の主郭より広い削平地になっているので、ここもかつての曲輪だったかもしれません。
 にのまるさんの投稿を読まなければたぶん私はここが山頂と勘違いしていたと思います。公園はまだ序盤、公園内の北東隅から林道に入ります。勾配がそんなにきつくはないが、距離はそこそこあるので行けども行けどもまだ着かず感があります。
 大きい堀切があり、ここから城跡感が出てきます。しばらく進むと、左手谷、正面高土塁(切岸)、右手も道と平行して高土塁の横矢で、道が右に90度曲がって木戸跡と思われる所に来ます。通るとさっきの右手の高土塁は土塁囲みの曲輪になっています。ちょっと行くと道の左脇に石塁跡があります。土橋を渡って、また少し行くと北と西と南?の三方を土塁で囲んだ南北に長い曲輪があります。曲輪内は鬱蒼としていますが、石がゴロゴロあるので土塁内側は石塁になっていたかもしれません。そのすぐ北隣が主郭になっていて、説明板と石碑があります。主郭の北側か南の土塁上が櫓台になっているように思われた。
 自分の見た感じでは、石碑のある一帯はスペースがすぐ南の土塁囲みの曲輪よりかなり狭いので、石碑のある曲輪が主郭というより山頂部一帯が主要部といったほうがいいように思った。南は土橋を渡った辺りから、北がすぐ下って堀切があるので、この南北間何百mが一つの主要部分になっていたと考えます。

 この城にてこの旅終了。事前に調べておいた食事のお店が閉店してなくなっていたり、ネットでは営業時間中なのに、コロナの影響か準備中閉店だの、良さそうな店を見送ってあとで判断ミス後悔しただの、グルメはほとんど堪能できずでした。

<満足度>◆◆◇

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姫街道

今川館の詰城 (2020/06/07 訪問)

 温泉施設「美肌湯」脇の道路を車で登り、賤機山公園頂上の戦没者慰霊塔下の駐車場に駐車し、尾根沿いに登城。いくつかの堀切や土塁らしきを見ながら本丸へ。安倍城のおさえとして南北朝時代に築城した説もあり、安倍城の真東にあり、よく見える。何となく阿部城に対する駿府今川館のカーテンのようだ。
賤機山は、比高で150m静岡市街地の張り出すような尾根筋であり、眼下の小学校で遊ぶ子供達の声もよく聞こえる。敵を見渡せると言えば見渡せるが、どこからでも城を攻めれるような立地でもあり、戦時中に今川氏が詰城に上がったかの質問に、NOと答えても不思議ではない。麓には浅間神社や臨済寺があり、太古の昔から、駿府に暮らす人々の信仰の対象や安倍の氾濫時の詰所であっただろうが、絶対的権力の象徴である駿府城の背後にあり、その存在感とたたずまいは、独特な感じを持つ。

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にのまる

【家×お城】登城したお城しりとり[52]

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城郭情報

分類・構造 山城
築城主 今川氏
築城年 南北朝時代
主な城主 今川氏、石橋氏
廃城年 天正10年(1582)
遺構 曲輪、土塁、横堀(空堀)
再建造物 石碑、説明板
住所 静岡県静岡市葵区大岩