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カズサン

しんどい登山後絶景の眺望と立派な石垣 (2015/10/26 訪問)

 平成27年10月山城サミット米原大会出席の翌日、以前より認識はして居たのですが山城で登城が大変なので敬遠してましたが意を決して初登城しました。
 先に丹波市春日庁舎で黒井城の情報と資料を入手し、興禅寺と黒井小学校の間の道を登り黒井城専用駐車場へ停める既に数台駐車、ゆっくりコースを登る情報では30分位と聞いてたのですが私の体力では約1時間か、九十九折登城路から尾根筋道、石踏の段手前が急坂で滑りやすく手をつきながら登る、その後はやや楽でしたが坂道多し、突然の東曲輪虎口石垣城塁にはびっくり竹田城バリの城塁、三の丸、二の丸石垣城塁、二の丸虎口、二の丸、二の丸本丸間の空堀、土橋、本丸虎口、虎口下石垣城塁、本丸、本丸からは黒井の城下が一望、周辺の山々も見渡せ、状態は竹田城の様に雲海に浮かぶ城的です、発掘調査石垣修復復元がなされば素晴らしい景観眺めに成るでしょう、しかし登城が大変です。
 十分に堪能して下城、麓の屋敷跡の興禅寺、春日局お福の生誕地を探訪、素晴らしい歴史の有る黒井城黒井城下町でした。

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リョウスケ

岩国城 (2019/08/12 訪問)

錦帯橋から眺めただけです
ロープウェイで行くコンクリート城にはあまり興味ありません
清流、錦川で川海老取りのおじいさんと仲良くなりました。
錦帯橋いいですね。

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リョウスケ

犬山城 (2018/07/01 訪問)

現存する木造天守

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セバスチャン

曇天でも映えます! (2020/02/29 訪問)

現存1枚しかない明智光秀公の肖像画(いつもはレプリカですが、2020年3月8日までは本物が見られます)を見てきました!

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todo94

2度目の続日本100名城スタンプラリー・11城目 (2020/02/24 訪問)

久能山東照宮から向かった御前埼灯台は強風のため参観中止になっていました。(今週、参観灯台は新型コロナのため、3月15日(日)までの参観中止が発表されました。)慌てて諏訪原城に向かい、ビジターセンター閉館15分前に到着。最初のスタンプラリーのときはまだビジターセンターができていなかったので嬉しい限り。模型などの展示をしっかり拝ませて頂きました。

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城好きのメガネ

「国指定史跡 上原館」 (2020/02/21 訪問)

<オススメ>★★★☆☆
豊後の守護大友氏の居館跡である。館の敷地は東西130m、南北156mで張り出し部や土塁、空堀に囲まれていたとされる。現在、幅17m、高さ4mの土塁が遺されている。

<アクセス>
JR大分駅 徒歩15分

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朝田 辰兵衛

感染してないという理由は…ないやろ! (2020/02/23 訪問)

愛知県の爆発的感染拡大があったとされるタイミングで,精力的に動き回ってました。症状は出ていませんが,潜伏期間かもしれません。不要不急の外出は,もうしばらく避けたいと思います。
みなさんも,ぜひ冷静な対応をお願いします。

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若尾氏の城 (2020/02/28 訪問)

 堀切が一番の見所ですが、土塁、竪堀、土橋なども確認できます。竪堀は浅くなっていたり草木に隠れていたりしています。以前は根本砦と記載されていたことが多かったと記憶していますが、コンパクトな城址です。
JR根本駅から約20分くらいで登城口へ到着しました。登場路は少し山を回って旧登城口付近へ行き、七曲りの坂道を上がって行きます。それほど傾斜は厳しくなく道も整備され、案内標識もあります。

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カルビン

何時開くの? (2017/05/04 訪問)

2017年GWに宮城・福島強行日帰りツアーで深夜0時に家を出て亘理城、小堤城、蓑首城、相馬中村城等を常磐道南下しつつ見学しに行った際、福島県ラストに立ち寄ったのが磐城平城でした。

お城が駅前の丘上にあったので、駅の駐車場に駐車しての登城。。。のハズだったんですが・・・

いざお城に入ろうと近づくものの、肝心の城域への門が開いておらず、お城をぐるっと回ったものの、もう1ヶ所の門も閉ざされておりましたorz
おかしい、5/4はGWイベント開催していると掲示板にもあり、その開催時間内なのにやっていないとはどうなっているんだい???

いろいろあがいてみたものの、結局諦めて周辺や隙間からの遠望撮影ですます事に(涙)


ま、おかげで有料時間になる前に駐車場出られたので良しとしておこう(ーωー;)

しかし皆様の投稿でも開いているのがレアケースのようで・・・一体いつ開くんでしょうか、磐城平城って(謎)
(磐城平城って私有地だったんですね・・・いろんな意味で仕方がなかったのかも)

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チェブ

田んぼの中の古高い場所。 (2020/01/03 訪問)

「馬伏塚城」=まむしづか、強そうなお名前です。
今川家の家臣、小笠原氏が築城しました。
今川家が衰退し、徳川家の家臣になります。
小笠原氏は「馬伏塚城」と「高天神城」の城主も兼任するような方でした。
しかし「高天神城」を武田 勝頼さんに攻められると「馬伏塚城」を改修し、「高天神城」奪還の時期を待ちました。
「高天神城」を奪い返すと「馬伏塚城」はお役目が終わります。
田んぼの中、ちょっと高い場所に「馬伏塚城」がありました。
駐車場はありません。説明板の前に路駐して写真を写しました。
説明板の裏の奥が土塁のように見える気がしました。
道が狭いので、車から離れられません。
説明板の右手は道が通じていて切通し してます。その上に神社(?)、お社が見えました。

暖かくなったら、本当に蝮が出てきそうな「馬伏塚城」でした。

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まふ

久しぶりに (2020/02/28 訪問)

姫路城の御城印が2月限定なので、行って来ました。

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カズサン

夕陽に映える大垣城 (2015/10/24 訪問)

 平成27年10月山城サミット米原大会シンポジウム前日小谷城を終えて宿泊先の大垣市へ、宿泊先の旅館が大垣城の隣保でしたので夕刻大垣城を久しぶりに探訪しました大垣城の白壁が夕陽に当たり美しい風情を醸して居りました。
 戸田氏鉄像と大垣城天守閣の夕陽映え、夜間ライトアップの大垣城天守閣、櫓と上天の月ほろ酔い気分で眺めて居りました。

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カズサン

小谷城興奮の連続凄い山城です (2015/10/24 訪問)

 平成27年10月山城サミット米原大会に合わせて城廻り、美濃黒野城を終えて近江小谷城を初登城。
 中腹まで車で登れるとの情報も有り番所跡まで走行するが先客の車で駐車エリア無し少し下った峠と言うか曲がった所に5、6台の駐車スペースが有りそこに停めて登城開始。
 先程の番所跡、御茶屋跡、次から次へと曲輪跡遺跡が現れるので歩く疲れも次に現れる城遺跡見たさに吹っ飛んじゃいました、馬屋敷曲輪土塁、馬洗い池、横矢の桜馬場、石構えの黒金門跡、大広間跡、前面に本丸石垣石積、本丸、大堀切跡、中の丸、京極丸、小丸、大石垣、山王丸跡ここが小谷城のてっぺん、丁度先客で同好の士がいらっしゃり会話を楽しむその方は六坊跡へ進むとの事、私はここまでが限度、でも私はこれだけの曲輪、土塁、大堀、虎口、石垣、大石垣を見ただけで大満足です。
 写真も色々撮り捲りましたが中々良いものが無く後から振り返ると何処だったかな?と記憶が戻らい写真も有ります疲れながらいい探訪でした、下城して小谷城戦国歴史資料館に寄り資料を頂き復習させて頂きました立派な資料館です。
 この後小谷城の前面に在る虎御前山城に寄り米原周辺でホテルが取れなかったので大垣で宿泊。

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カズサン

住宅街にタイムスリップした様な戦国の土塁濠が残る城 (2015/10/24 訪問)

 平成27年10月山城サミット米原大会に合わせて城廻りを前々から気に為ってた美濃の黒野城を初登城、よくぞ本丸曲輪、囲む土塁、囲む濠を残して呉れてたと地域の方々の努力に感謝です、黒野城と加藤氏に対する思い入れが感じられます特に保存管理されてる「黒野城と加藤貞泰公研究会」の努力が現在の保存整備管理に繋がってると頭が下がります。
 車は登城口の枡形の駐車スペースに停めさせて頂きました、早速本丸内部(グラウンド)、土塁の上に登りぐるっと一周、南東、北西各櫓跡、外より周囲の濠、土塁を見て廻り時期が秋の10月、春桜の頃はどんなに見事な桜の装いが見られたものをと夢想したり、戴いた研究会の資料では本丸に二の丸、加藤家重臣屋敷が囲み、北方向に中堀内に三の丸的重臣屋敷を控え、外堀総掘りが家中屋敷を囲ってる24万石から4万石に成ったと言え戦国期大名の気概が感じられる縄張りです、現在は本丸を残すのみそれでも立派で凄い。
 
 城主加藤貞泰は加藤光泰甲斐24万石領主の嫡男で光泰、朝鮮の役で死去、家督を継ぐが若年で黒野4万石に封じられ関ヶ原後米子6万石で移封(16年黒野在城)、大阪の陣後には四国大洲藩6万石で移封、以後明治まで大洲藩で続く。(黒野城と加藤貞泰公研究会の資料による)

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まーやん

丹波の青鬼の居城 (2020/02/24 訪問)

籾井城址は八上城の東、京都府と兵庫県との境に近く天引峠を越えた山陰街道沿いの福住(街道沿いは重要伝統的建造物群保存地区に指定)にある。

名前のとおり籾井氏の居城で波多野方として光秀と二回にわたり戦っている。籾井教業が丹波の青鬼として猛将であった旨が伝わっているらしい。

禅昌寺脇に登山道の案内があり、比高は約150mとあるが以外にしんどい。舐めてた(ーー;)
しかし、城址公園として若干整備されて登りやすく、小規模ながら連郭式山城の様子が確認できる。

ただ、朝から結構な山城を二つ登った後の夕方だけに見所の北曲輪の先、土橋や堀切を十分確認せずに悪い癖が出て途中で逃げ帰ってしまった。迷ったら怖いから(^-^;)

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まーやん

丹波三大山城 黒井城 (2020/02/24 訪問)

大河ドラマを機に丹波の山城を攻めちゃおう!って気になって行って来た!

1335年、赤松氏によって猪ノ口山に築かれた山城は赤井直正の代に大改修され尾根伝いの山々に砦が築かれていく。その後光秀により本城が改修されたことはテレビ等でご案内のとおり。丹波の山城は砦などを含めると凄い規模の山城が多く侮れない。

さて、今回の登城は急坂ルートを避けてゆるやかコースで。以前問い合わせたら工事してるからどちらから登れるか確認するようにとのことだったが、どちらからかも登れる様子。しかし、ゆるやかコースであっても危険な山道であり要注意である。

まずは石踏の段の赤門へ。本丸手前の前線基地として石敷をして広い曲輪を確保し登り来る敵に備えた場所の名残とは、かつて観光案内していたおじいさんの談。赤門後方の石碑について話して下さった。何者かが明智光秀の名前を削り取っているとのこと(笑)

石踏の段過ぎからチャートの岩盤と滑りやすい赤土系の地表面が厳しくなる。山頂手前に獣害避けの柵があるのは熊避けだそうな。赤鬼の城を熊が守っているのか。

東曲輪から見応えのある石垣がお目見えする。三の丸櫓台脇に城門があり、三の丸へ。帯曲輪を正面に見て右に曲がると二の丸へ上がる。更に一段上がった所が本丸となる。石垣は明智の家臣、斉藤利三や堀尾吉晴の手によるものか。本丸は西曲輪と帯曲輪に囲まれ段状になっている。
本丸からは西に兵主西砦や千丈寺砦、北東に龍ヶ鼻砦と百間馬場はなんと山頂の馬場(;゜0゜)東に多田砦とその向こうに光秀が陣取った小富士山城が見える。南東方向、高速道路のトンネルが貫通するごつい山は赤井直正の弟幸家(よしいえ)が守った支城三尾城。
南側の興禅寺は下屋敷のあった場所で堀と石垣が立派であり、後の斉藤利三が子お福縁で春日の局となる歴史に繋がる。

帰りに急坂ルートを下ったが、晴天でも危ないルートで二、三度ずっこけた。去年は骨折した方もおられる大変危険な道であり注意して登っていただきたい。
山頂石垣に金網が被せられる工事がされており、竹田城並に残念だったが、マナーの悪い観光客がいる以上仕方ない。その他は本当に素晴らしい戦国山城だと思った。

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ぴーかる

新高山城 (2020/02/09 訪問)

【続百名城37城目】
<駐車場他>登城口傍に専用無料Pあり
<交通手段>車

<見所>曲輪・石垣・畝状竪掘
<感想>日帰り小早川家攻城の旅1城目。新高山城・高山城の山城2城を1日で攻略できる日を狙って冬の今シーズンの目標叶いついに登城できた。朝4:30出発、朝食を摂って8:30到着登城開始した。
 日本屈指の大規模山城、小規模の山城の4倍程度の規模があるので遺構を順よく、くまなく見るには縄張り図を持って登ることをお勧めします。
 私の登城順は番所跡→鐘の段→匡真寺跡→石弓の段・西の丸→北の丸は樹木で行けず→西の丸西側の畝状竪掘群→紫竹丸→シンゾウス郭→中の丸→本丸北側の郭群(中の丸・釣井の段・ライゲンガ丸・東の丸)→本丸→詰の丸の順で見た。
 シンゾウス郭へは北東側からの道が落葉で埋まっているが行けます。郭内はかなりの雑草ですが、北東側に石積み遺構が見られます。
 匡真寺跡東側の竪掘・西の丸西側の畝状竪掘群・各所の石垣遺構が見応えあります。また面白いのは釣井の段にはこれでもかってほどの数の井戸(6箇所くらいかな)があった。
 石垣の石が三原城移転時に持出されているとはいっても残されているのが相当な規模面積なので、当時はかなりの本格的な石垣造りの山城だったことを思わせた。

 この城は竹原小早川家を継いだ小早川隆景が1551年高山城を本拠地とした沼田小早川家を統合し、1552年19歳で築城している。やはり19歳でこれ程の大城郭の築城を指揮できるとは思えず、父親の毛利元就の指示や家臣団の協力で築いたものだろう。期待通りの見応えある規模と石垣、続百名城のマイベストに入ります。これにて百・続百名城の広島県制覇。

<満足度>★★★

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街道おじさん

篠山城登城 (2020/02/27 訪問)

雪が舞い散る猛烈な寒さの中、登城してきました。
大書院、石垣、天守台、それぞれ見ごたえあり
素晴らしい。

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カズサン

西曲輪の南面、西面に石垣城塁発掘発見 (2015/10/18 訪問)

 平成27年10月18日に二俣城跡講演会「家康・信玄と二俣城」が午前中に二俣協働センターで有り、午後より二俣城跡発掘調査(第6次調査)現地説明会が有りました。通して浜松市の文化財課の主催で弁当持参で講演聴講、現地説明会に参加し初めて見る西曲輪の石垣写真を撮りました。
 戦国期二俣城は二俣川と天竜川に囲まれた要害の地、石垣化は天正18年(1590年)小田原征伐後家康関東移封に寄り浜松に堀尾吉晴が入り浜松城の石垣化、二俣城の石垣化、鳥羽山城の石垣化が行われ、二俣城は堀尾吉晴の弟堀尾宗光が入るその折以降石垣化され二俣川から見上げ望む方向に石垣城壁で威武した事が見られるとの事。

 西曲輪は天守台の在る本丸、南の二の丸、二の丸下南の蔵屋敷の間の堀切を西に降りて行く数段の曲輪を経て若干平坦な西曲輪の南側下と西側下に発掘された石垣城壁が有ります。

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上さん

探索 (2020/02/23 訪問)

二ノ丸、三の丸は、見れたが本丸があるところがわからなかった(。>д<)

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