おおしまじょう

大島城

長野県下伊那郡

別名 : 台城、伊那大島城
旧国名 : 信濃

投稿する
口コミ・画像を投稿する

みんなの写真投稿

投稿する

みんなの口コミ

投稿する

ほりーないと

【城と看板】

感謝を込めて看板を掃除してから撮影しました。
地元の方と資料館の方が協力して設置したそうです。
看板を読んで、井戸が大切だと知りました。
看板設置はお城の保全活動の一つだと思います。

+ 続きを読む

ほりーないと

【究極の1枚】 (2022/02/13 訪問)

主郭の堀に雪が降る。長野県南部は降雪が少ない地域です。雪の日はいつもと違うお城になります。
自然地形を利用した堀で幅が50mあります。

+ 続きを読む

じゅんじん

崖っぷち (2021/05/12 訪問)

出張で帰りがけに寄りました。11年ぶり。やはり武田流の縄張りは見ごたえありますね。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

昌官忠

JR飯田線/身延線沿線城巡り3日目:大島城 (2021/06/29 訪問)

JR飯田線/身延線沿線城巡り3日目の10城目は大島城です。
船山城から転戦。台城公園駐車場(35.577459、137.914944)に駐車しました。
当初は船山城➡名子城➡大島城の順で攻城する予定でしたが、千沢城での脱輪影響で名子城は城びと未登録でパスしました。

大島城は平安時代の末期、当時の大島町(現在の古町、新井地区のあたり)を支配していた豪族の大島氏によって造られた城で、戦争など有事のために天竜川へ突き出した攻められにくい土地を活用して築城されました。
戦国時代の1554年(天文23年)に伊那郡を攻めてきた武田信玄がこの城を大島氏から取り上げ、秋山信友に命じて駿河・遠江への侵攻拠点として1571年(元亀2年)に大改修させた城です。
1582年(天正10年)に織田信忠の軍勢が伊那に侵攻すると、飯田城を撤収した武田勢は大島城に兵力を集結させました。
しかし守将・武田信廉が城を捨てて甲斐に退却したため落城しています。

駐車場のトイレ前で入手できた縄張図には散策コースが描いてありす。マレットゴルフ場にはもったいない。
現在城址は「台城公園」として整備され、土塁や空堀など甲州流築城術の遺構を確認できます。とくに城正面に設けられた二重の三日月堀に囲まれた丸馬出は必見です。
攻城時間は25分くらいでした。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

城郭情報

分類・構造 連郭式平山城
築城主 大島氏
築城年 不明
主な改修者 秋山虎繁
主な城主 大島氏、秋山虎繁(武田氏家臣)、武田信廉(武田氏家臣)、日向虎頭(武田氏家臣)
遺構 曲輪、土塁、横堀(空堀・三日月堀)、馬出
指定文化財 町史跡(大島城跡)
再建造物 碑、説明板
住所 長野県下伊那郡松川町元大島古町
問い合わせ先 松川町商工観光係
問い合わせ先電話番号 0265-36-7027