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穴山梅雪 (2019/08/24 訪問)

 江尻小学校周囲が跡地です。
駿河に侵攻した武田信玄によって築かれた城ですが、遺構はありません。小学校に案内板があり道路から見ることができます。二の丸町という町名と穴山梅雪が社殿を造営したと伝わっている魚町稲荷神社が近くにあります。

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陣屋ですが (2019/08/24 訪問)

 清水駅からしずてつジャストライン(静鉄バス)で小島バス停下車。下りた目の前に御殿書院が移築された小島町文化財資料館があります。いい意味で期待を裏切る陣屋という評判がありましたが、同感です。他の陣屋跡のイメージとは異なり城郭の雰囲気を持っています。三段の曲輪を持ち、石垣を多用し中には4mに達するものもあり、桝形虎口まであります。きれいに整備されていて夏でも散策しやすかった。

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街道おじさん

姫路城登城 (2019/08/08 訪問)

我々日本人が世界に誇りうる城である。
その美しさは松本城と双璧と言っていいと思う。
第二次世界大戦の際、姫路城が奇跡的に空襲を免れ、無事を知った
姫路市民の皆さんが涙を流して喜んだ、という話は本当に美しい。

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街道おじさん

二条城登城 (2019/08/08 訪問)

唐門も二の丸御殿も華麗であった。
天守閣があったころはさぞかし徳川幕府の権威を見せつけたことだろう。
徳川家康が豊臣秀頼と会見を行い、徳川慶喜が大政奉還をしたこの城は歴史のロマンに満ちている。

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シロマサ

今回は登城を残念する。 (2019/08/21 訪問)

赤松満祐の義弟上原祐政が築城したとされる。
嘉吉の乱の時、小谷城を預かっていた赤松直操が、破れて自害した。
嘉吉の乱で赤松氏が滅亡した後の詳細は不明である。

福本陣屋から福崎町経て加西市に入り、陽松寺を目指す。
手前の小谷公民館前の駐車場に車を止めて、案内図を確認する。
案内図沿って陽松寺の金剛力像が見て、山門を潜らず東側の遊歩道を北に登る。
たくさんの石仏と、赤松祐尚の墓が見えてくる。
遊歩道の行く先に動物避けの柵の開けて登城する。
今回はまだまだ暑い時期なので、登城を残念して、時期の良い頃に登りたい。

陽松寺の住所 兵庫県加西市北条町小谷369

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城好きのメガネ

「滝野川城」 (2019/08/23 訪問)

<オススメ>★☆☆☆☆
滝野川城付近は、源頼朝の布陣伝承地である。戦国期には、名門・豊島氏の一族である滝野川氏の居城とされる。その後、名将・太田道灌に攻められ、豊島氏とともに滅亡し、廃城となった。現在、遺構は消滅している。

<アクセス>
JR王寺駅 徒歩15分

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城好きのメガネ

「中野城山居館跡」 (2019/08/23 訪問)

<オススメ>★☆☆☆☆
中野城山居館は、平重俊の居館とされる。その後、後北条氏の小代官を務めた堀江氏の砦となる。昭和期の発掘調査によって、谷戸運動公園の裏手に幅5.4mの土塁や掘立柱建物、井戸、地下式壙、障子堀が見つかる。現在、遺構は消滅している。

<アクセス>
JR中野駅 徒歩15分

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カズサン

久松山をバックの三階櫓台石垣ベストスポット? (2018/08/11 訪問)

 昨年8月2泊3日で山陰、出雲、石見、伯耆の城巡りを終え鳥取市内で中学校、高校の古希の同窓会に出席し中日に鹿野城家老屋敷に在る檀家寺にお参りと墓参りを済ませ時間が有るので鳥取城の探訪、復元擬宝珠橋の進捗を見ながら内堀通りで久松山に抱かれてる鳥取城石垣群を遠望。
 小、中、高校以来から帰省中にも必ず寄って眺める鳥取城です。

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城好きのメガネ

「名門・豊島氏の居城 平塚城」 (2019/08/23 訪問)

<オススメ>★☆☆☆☆
平塚神社付近は、平安時代に豊島郡を治める郡衙のあった場所だと推定されている。平安時代末期には、秩父平氏庶流の豊島太郎近義が城館を築いたとされる。後三年の役で遠征の帰路に源義家が逗留した地であり、義家は近義の饗応に深く感謝し、鎧等を下賜した。近義は義家没後に拝領した鎧を城内に埋め、社を建てて安置したと伝えられる。豊島氏の代々の居城となるが、豊島泰経の代に太田道灌によって落城した。現在、遺構は消滅している。城へ向かう急峻な坂道が城の規模を現代に伝えている。

<アクセス>
JR上中里駅 徒歩5分

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城好きのメガネ

「東京都指定旧跡 稲付城」 (2019/08/23 訪問)

<オススメ>★★☆☆☆
稲付城跡(現在は静勝寺の境内)は、名将・太田道灌が築城した。鎌倉時代から岩淵の宿が、室町時代には関が設けられて街道上の主要地点であった。そのため稲付城は、街道沿いで三方を丘陵に囲まれた土地に、江戸城と岩槻城を中継するための山城として築かれた。道灌の死後、城は孫の資高の居城となり、後北条氏に仕えた。1655年には、道灌の子孫である太田資宗が、静勝寺の堂舎を建立し、道灌とその父資清の法号にちなんで自得山静勝寺と改めた。太田道灌の木像を安置する道灌堂など見どころは多い。

<アクセス>
JR赤羽駅 徒歩10分

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シロマサ

池泉回遊式庭園と陣屋跡、藩校跡 (2019/08/21 訪問)

福本陣屋は池田輝政を祖父に、徳川家康の次女督姫を祖母とする政直が興す。
大正2年に大歳神社が遷座されて、小規模ながら池泉回遊式庭園の1部が保存されました。
平成13年10月に町指定文化財に指定されました。(かみかわ観光ナビから抜粋)

姫路方面から国道312号線の神崎高校前を左折して揚羽ホールに駐車して探索を開始する。
神崎高校前の道路は大手前通りにあり、神崎高校がある場所は藩校乾乾館(けいけいかん)跡にあたる。
大歳神社前には福本陣屋の石碑があり、境内に入り南側に庭園が残る。
庭園はかつて南に流れる小川の流れを回流していた。

銀の馬車道交流館 兵庫県神崎郡神河町中村78
大歳神社 兵庫県神崎郡神河町福本528-1

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カズサン

八橋駅前 (2018/08/09 訪問)

 昨年の8月船上山城を終えて9号線まで北上し東進してJR山陰本線八橋駅へ車は八橋駅の空きスペースへ駐車。

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カズサン

後醍醐天皇を迎えた城 (2018/08/09 訪問)

 昨年の8月境台場、米子市美術館、山陰歴史館、赤崎台場を回って船上山へ、9号線を上り下りして良く大山、船上山は遠くから眺めて居ましたが行った事が有りませんでした話は親から先生から良く聞いており身近な感じでしたが今回赤崎から県道289号線を南下し船上山ダムを目指す、ダムを越して道は狭くなりますが舗装されて道標も有り船上山展望駐車場へ着、生憎の小雨模様で船上山は雲が掛りはっきり見えませんが柱状節理の岸壁は壮大です、今回は眺めるだけです。 
 鎌倉幕府軍も攻めあぐねたでしょう。
 展望駐車場からもう少し行くと登山口駐車場が案内パンフレットによると有るそうです。

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カズサン

赤崎台場 鳥取県東伯郡琴浦町 (2018/08/09 訪問)

 昨年8月2泊3日で島根県の城巡りして鳥取県境港市境台場の探訪の後、米子市美術館で開催されて居る伯耆の国刀匠「安綱」の展示が有るとの事で寄って見学、春日大社の屋根裏に有った刀が「安綱」そっくりとニュースに出ておりその刀も展示されてる展示会堪能しました。
 近くの山陰歴史館に寄る近くを通ても寄った事が無かったので米子城の展示を見学し米子城の資料、ガイドブックを入手。

 山陰歴史館を終え近くのラーメン屋で鳥取名物「牛骨ラーメン」を食べて、9号線を赤崎へ赤崎台場に直行、駐車場は台場内に駐車可。

 最近発掘調査され史跡確認の後国史跡鳥取藩台場跡「赤崎台場跡」としてまとめ登録された、後には解説板が有るのみ、発掘の後は埋め戻され解説板の図面と写真で様子を知るのみ。

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カルビン

工事現場は藪蚊だらけ (2019/08/17 訪問)

朝6:40台の電車で宿泊地近くの湯田温泉駅から山口駅(乗り換え)⇒津和野駅と乗り継ぎ、津和野駅からは歩いてリフト乗り場へ・・・道中津和野城の櫓の見学や、帰りに立ち寄って参拝予定していた神社仏閣の所在を確認し、丁度運転開始の10分前に乗り場に到着。

動きだす前に100名城スタンプを押して、往復券(700-)を購入し、いざリフトに(約5分で山上に)
リフト降車場から津和野城まで徒歩15~20分くらいと書いてありましたが、山城攻略に慣れている方々なら10分あればたどり着けると思われます。

但し現在通常の山道は整備の為通行止めにしてある為、山の斜面に設けられた仮通路を進まねばならず、これが高い所苦手な自分には苦行以外の何物でも無く。。。しかし途中竪堀の上を歩いたり、今の時期ある意味貴重な体験が出来るかとww

山上では日向以外ではず~~っと藪蚊が付きまとう、最悪の状況。。。虫よけの事は完全に忘れておりました(×Д×)
オマケに出丸自体が工事の影響で近寄る事も叶わず・・・出丸の石垣は遠目からしか見れませんでしたorz

城碑・解説のある場所からちょっと登った先から見事な石垣祭りが始まる訳ですが、残念ながら最初の石垣虎口の所も工事中で、撮影するには無粋な足場が入ってしまいました・・・こればかりは仕方ないね。安全優先ですしね。

同類のお城としてその規模は竹田城には劣っておりましたが、黒井城は完全に上回る見事な石垣群が見られました。
御承知かとは思いますが、部分部分石垣の端に柵等が無い場所も多いので、乗り出して誤って落ちてしまわぬ様ご注意下さい(危)

本当は南門を下がって下から見上げる写真撮影もしたかったのですが・・・城域から南門を抜ける場所、高くて怖すぎてその一歩が踏み出せませんでしたorz


夏季と言う事で高い雑草が所々目立ちましたが、それでも草刈等を要所要所に対応されており、暑さと藪蚊を除けば夏季でも写真撮影に耐えられる(遺構がちゃんと確認できる整備が行き届いている)場所でした。

そういえば津和野城は熊出没した事もあり、自分も熊避けの鈴持って行っておりましたが、帰りに鈴を鳴らす観光客の方とすれ違うまでその事すっかり忘れておりましたw

虫避け・熊避け等事前の準備をしっかりと行い、快適なお城見学をお楽しみ下さい(^ω^;)

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ぴーかる

町役場 (2019/08/13 訪問)

【田原本陣屋】
<駐車場他>役場駐車場
<交通手段>車

<感想>日帰り奈良の環濠巡りと燈花会を見る、3城目。すみませんが遺構がないので周辺散策をしていません。役場西駐車場の説明板のみを撮影した。説明板もかなり劣化していた。

<満足度>◆◇◇

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にのまる

ハンディファン のバッテリーが切れて凹んだ。 (2019/08/12 訪問)

藤沢公民館に説明板がありました。が、さすがにそれだけでは物足りないので、名前に興味をそそられた近くの「御殿辺(ごてんべ)公園」に行ってみました。
広めの児童遊園で御殿の名残はなさそうでしたが、何の説明もいらない命名がなんかツボ(^ ^)
公園に隣接する白旗神社には義経と弁慶の首が飛んできたという伝承があるそうです。

また、公園に向かう途中の交差点に藤沢宿界隈の歴史などが書かれた大看板があり、その中に公民館にはなかった御殿跡の絵もありました。
土地鑑がなくても御殿の位置やスケールがわかる感じでめっけもんでした(^-^)

このあと村岡城に向かったのですが、暑い一日で、途中の「ふじさわ宿交流館」で少し休憩しました。
交流館に隣接する遊行寺、今頃になってHPを見て、寄らなかったことを少し後悔。
また行こ。(←こればっかり。)

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ぴちょまる

新発田城 (2019/08/23 訪問)

陸自の駐屯地があり、回れる場所はかなり限定される。
それでも重文の表門、二の丸隅櫓、木造再建された、三階櫓、辰巳櫓、切込ハギの石垣など見どころは多数ある。
三階櫓は鯱三匹という珍しい形状。
角度によっては違和感を覚える形状^_^;。

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ぴちょまる

鶴ケ岡城 (2019/08/22 訪問)

本丸には荘内神社、藤沢周平記念館、大宝館、護国神社がある。
荘内神社のおみくじは沢山種類があって、おみくじを持った鯛を釣るというのもあった。
けれども、三の丸跡にある到道博物館には行っておくべきで、到道館以外にも、旧警察庁舎や酒井氏の庭園などもある。
他にも古民家や蔵があり中に色々展示されている為、全て見て回るには結構時間がかかる。
到道館だけかと思って調べずに行ったら、1時間では足らず途中で閉場に…

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小城小次郎

鹿野城

「オランダ櫓」という名の櫓が存在したのは、日本中でも多分ここだけだろう。

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