いねつけじょう

稲付城

東京都北区


旧国名 : 武蔵

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🏯城好きのメガネ

「東京都指定旧跡 稲付城」 (2018/09/01 訪問)

<オススメ>★★☆☆☆
稲付城跡(現在は静勝寺の境内)は、名将・太田道灌が築城した。鎌倉時代から岩淵の宿が、室町時代には関が設けられて街道上の主要地点であった。そのため稲付城は、街道沿いで三方を丘陵に囲まれた土地に、江戸城と岩槻城を中継するための山城として築かれた。道灌の死後、城は孫の資高の居城となり、後北条氏に仕えた。1655年には、道灌の子孫である太田資宗が、静勝寺の堂舎を建立し、道灌とその父資清の法号にちなんで自得山静勝寺と改めた。太田道灌の木像を安置する道灌堂など見どころは多い。


<アクセス>
JR赤羽駅 徒歩10分

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にのまる

26日 (2018/06/26 訪問)

太田道灌の木像のある道灌堂が毎月26日に開扉されるというレポを拝読。そんなに都合よくヒマな26日が巡っては来ないだろうと思っていたのですが、すぐにやってきました。どうやら私は相当ヒマらしい。
道灌像は意外と小さくて、でも品格がありました。
参道の石段を登ったところに「休憩どうぞ」って感じで1人掛けベンチサイズの石が6個。山城だった頃のものだとか?

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todo94

青春18きっぷ (2011/12/24 訪問)

どうせ城址碑位しかないのだろうとたかをくくっていたが、太田道灌ゆかりと伝わる城で、城内に建つ静勝寺には太田道灌の木像が安置されているという大した城だった。道灌堂が開扉されるのは毎月26日だけのようだが。

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Kutsuna

稲付城跡 (2017/10/26 訪問)

城跡は現在、静勝寺となっています。また、毎月26日には太田道灌公の木像が一般公開されています。

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城郭情報

分類・構造 平山城
築城主 太田道灌
築城年 文明年間(1469~1487)
主な城主 太田氏
遺構 (発掘調査:空堀、堀切)
指定文化財 都旧跡(稲付城跡)
再建造物 石碑、説明板
住所 東京都北区赤羽西1(静勝寺)
問い合わせ先 北区飛鳥山博物館
問い合わせ先電話番号 03-3916-1133