ふくもとじんや

福本陣屋

兵庫県神崎郡

別名 : 福本藩陣屋
旧国名 : 播磨

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①土塁
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昌官忠

(中国地方と兵庫県)遠征31日目:福本陣屋 (2026/06/10 訪問)

姫路駅からJR播但線と兵庫県神河町/上小田線バスを利用して福本バス停に着きました。
福本バス停から徒歩5分くらいで、福本揚羽ホール駐車場入口(35.057460、134.773883)に着きました。

池田輝澄は、姫路藩主池田輝政の四男で山崎藩主として68,000石を領していましたが、1640年(寛永17年)御家騒動により改易となりました。
1662年(寛文2年)輝澄が没すると子の政直は神崎郡・印南郡内に10,000石が与えられて大名に復し、1663年(寛文3年)福本に陣屋を置きました。
10,000石を領して大名となった福本藩池田氏(松平氏)でしたが、1665年(寛文5年)政直が嗣子なく没しました。
その所領10,000石は弟政武に7,000石、弟政済に3,000石に分割されました。政済は旗本となり、政武は交代寄合としてそのまま福本陣屋を居所としました。
1687年(貞享4年)政武が没すると、家督を継いだ政森は二男政親に1,000石を分知したため、以後6,000石の交代寄合となりました。
1868年(明治元年)池田喜通の時、高直しにより10,000石を越えたため再び諸侯に列しましたが、1870年(明治3年)に鳥取藩と合併し廃藩となりました。

福本陣屋は現在の大歳神社境内に築かれており、藩邸は大歳神社の社殿の所にあったそうです。
南にある庭園は池泉回遊式庭園と呼ばれ、元禄年間(1688年〜1704年)の古図面そのままに現存する貴重なものだそうです。
石垣や土塁が一部残っているとのことで捜しました。神社の拝殿横に土盛りがあり石積も一部ありましたが遺構には見えません。
攻城時間は15分くらいでした。次の攻城先=鶴居城を攻城する為、神崎総合病院バス停から兵庫県市川町コミュニティバスを利用して鶴居バス停に向かいました。

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大歳神社 (2025/06/21 訪問)

 姫路城を築城した池田輝政の孫である松平政直が興した福本藩の陣屋跡です。現在大歳神社となっています。池泉回遊式の大名庭園の一部が保存されています。
 JR新野駅からバスで約6分、福本バス停下車。近くに福本藩陣屋跡の案内があります。帰りは新野駅まで歩きましたが30分くらいでした。

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小城小次郎

福本陣屋か福本藩陣屋か (2022/01/10 訪問)

現地の石柱は「福本藩陣屋」。江戸時代の大半を交代寄合として過ごした福本池田家だが、始まりと終わりだけは確かに福本藩だったので福本藩陣屋の方が正しいのだろう。池泉回遊式の大きくて立派な庭園が残る。

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ぴーかる

福本陣屋 (2021/11/21 訪問)

【福本陣屋】
<駐車場他>福本揚羽ホールに駐車させてもらいました。
<交通手段>車

<感想>北はりま攻城の旅7城目。福本藩は池田輝政の四男池田輝澄が池田騒動後に鳥取藩鹿野に堪忍料1万石を与えられ、没後四男の池田直政が堪忍料を相続し1663年播磨国の3郡のうち1万石を与えられ福本藩を立藩した。福本陣屋はその際に建てられました。直政没後は嗣子がなく2人の弟に分与した為に明治維新まで交代寄合の旗本として存続しました。
 現在陣屋跡は大正二年に大歳神社が遷座されています。遺構は池泉回遊式庭園の一部が残るのみとなっています。ちょうどカエデ・銀杏の葉が色づき、紅葉がきれいでした。

<満足度>◆◆◇

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城郭情報

分類・構造 陣屋
天守構造 なし
築城主 池田政直
築城年 寛文3年(1663)
主な城主 池田氏
遺構 石垣、土塁、庭園
指定文化財 町史跡(福本藩池田家陣屋跡)
再建造物 石碑、説明板
住所 兵庫県神崎郡神河町福本
問い合わせ先 神河町教育委員会部局教育課社会教育係
問い合わせ先電話番号 0790-34-0212