矢筈城は、1532年に尼子氏の武将草苅氏が築城した城です。1559年に草苅景継は尼子氏を離れ毛利氏についたが、1574年織田信長の勢力を恐れ、密かに織田方につきました。このことが、小早川隆景の知るところになり、景継は自刃し、弟重継が跡を継ぎ毛利氏に忠誠を誓いました。このことで、矢筈城は度々、羽柴秀吉や宇喜多直家に攻められましたが、その都度撃退し、一度も落城しませんでした。
矢筈城は郭、土塁、石垣、櫓台、竪堀、堀切が残り往時の様子を現在に残しています。
登城口は千磐神社からの登り口と美作河井駅からの二か所あり、いづれも駐車場は完備されています。自分は、千磐神社から登城しました。矢筈城は東西1600m、南北500mの壮大な山城で岡山県内でも最大の中世山城で非常に険しい要害の地にあり、登城口から本丸山頂まで2時間程掛かりました。矢筈城は西郭群(新城)と東郭群(古城)で構成され千磐神社から登ると西郭群に到達することになります。兎に角険しい登城路で行かれる方はそれなりの装備で行かれると良いかと思います。
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