みなくちじょう

水口城

滋賀県甲賀市

別名 : 碧水城
旧国名 : 近江

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小城小次郎

水口城

将軍宿泊所として作られながら将軍が宿泊したのはたったの1回。壮大な無駄遣いだが、こうした無駄遣いこそが権威というものだったりするのだろう。

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くっしー

水口城資料館 (2019/12/28 訪問)

完全な平城ですね。本丸は高校のグラウンドになっていて、出丸のあったところが、資料館になっている。

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水口御茶屋 (2019/12/07 訪問)

 将軍上洛時の宿舎用御殿として建てられた城址でパンフレットに( )で水口御茶屋と書かれていました。小堀遠州が延べ10万人の大工を動員して3年がかりで作りましたが、使われたのは徳川家光が京からの帰りに1泊したときだけということが驚きです。

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橋吉

将軍家の旅館 (2010/05/10 訪問)

水口(みなくち)は東海道五十三次の50番目の宿場です。
交通の要所であるこの地にはかつて水口岡山城という山城が築かれていました。

やがて、江戸時代になり太平の世となると山城は必要なくなり、代わって将軍上洛の際の宿泊地が必要となりました。
そこで岡山城を廃し、あらたに平城を築いたのが水口城です。

将軍家の旅館ゆえ本丸御殿は二条城を模した豪華な造りだったそうです。
もっとも、将軍の宿舎として使われたのは、1回限りでした。

1682年(天和2年)に水口藩が成立し、加藤明友が入りましたが本丸御殿は使用しなかったそうです。

水口城は本丸と管理施設である二の丸がありましたが、二の丸の跡は確認することができませんでした。
本丸は凸型をして、その飛び出た部分(出丸)が「水口城資料館」となっています。

本来、本丸の四隅にあった矢倉の一つをここに復元しています。

竹下政権のふるさと創生事業+αで建てられたそうですが、なるべく当時の木材を使用することに心がけられたそうです。

御殿があった部分は県立水口高校のグランドとなっていました。

しかしながら周囲の堀は残っています。
さらに乾矢倉の石垣は綺麗に残っています。

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城郭情報

分類・構造 梯郭式平城
天守構造 不明
築城主 徳川家光
築城年 寛永11年(1634)
主な改修者 小堀政一
主な城主 加藤氏
廃城年 明治6年(1873)
遺構 石垣、堀
指定文化財 県史跡(水口城跡)
再建造物 復元櫓、復興高麗門、復興土塀、石碑、説明板
住所 滋賀県甲賀市水口町水口
問い合わせ先 甲賀市教育委員会
問い合わせ先電話番号 0748-86-8002