いわやじょう

岩屋城

福岡県太宰府市


旧国名 : 筑前

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本丸跡
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くろもり

岩屋城の戦いの地 (2013/12/31 訪問)

戦国末期に、九州統一を目指す島津氏の北上に対し、寡兵で戦い散った高橋紹運公の最期の地です(城址の解説には敵の島津軍5万とありました。5万は誇張があるかもしれませんが、圧倒的な兵力差だったことは間違いないはずで、城兵は763名と伝わります)。

圧倒的な兵力差にもかかわらず、島津氏の猛攻に約2週間耐え、ついに紹運公以下、城兵全員が玉砕したと伝わる壮絶な戦地の本丸跡には「鳴呼壮烈岩屋城址」の碑が島津軍に立ちはだかるように、城下に向かい建てられています。島津軍を防いだ2週間という数字はとても大きく、岩屋城攻略後、島津軍は紹運公の実子の立花宗茂公の立花山城に兵を進めますが、豊臣秀吉の援軍が九州に到着し、島津軍は博多へ撤退しました。

遺構は本丸に土塁のような高くなっている所がありますが、櫓台跡とも伝わりはっきりわかりません。本丸の下には腰曲輪のような所も見えます。本丸から車道を挟んで下にある二ノ丸と伝わる場所には、紹運公の胴塚と家臣の墓碑があります。また、城から離れますが、西鉄二日市駅の近くに紹運公の首塚があります。

大野城のある四王寺山の中腹にある城で、太宰府や二日市方面の眺望が良いので(太宰府政庁跡や水城の土塁が見えます)、紹運公を知らない方でも、楽しめる場所ではないでしょうか。

車での訪問の場合、岩屋城の近くに車1台が止められるスペースがありますが、大野城の太宰府口門跡近くの焼米ヶ原に10台くらいの無料駐車場があり、そこから岩屋城まで遊歩道が整備されており、徒歩10分~15分くらいです。太宰府駅または太宰府政庁跡から徒歩で訪問される方も、岩屋城からの車道は路肩がなかったと思うので、大野城へ向かう場合、遊歩道を歩いた方が安全だと思います。

高橋紹運公と岩屋城の戦いを詳しく知りたい方は、吉永正春先生の「筑前戦国史」がおすすめです。

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todo94

ミニオフ (2009/04/12 訪問)

大野城にまで来れば岩屋城を外すわけにはいかない。インパクトのある城址碑と二の丸の高橋紹運墓は必見であるが、私が今まで墓と思っていた物は単なる碑で裏手にある小さな墓が高橋紹運の墓であることをストフリさんに教えていただいた。山を下り少弐氏の居城という浦ノ城も教えていただき感謝である。

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ヒデタカ

岩屋城跡 (2016/09/07 訪問)

福岡で有名な城跡です😊

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城郭情報

分類・構造 山城
天守構造 不明
築城主 高橋鑑種
築城年 天文年間(1532~1555)
主な城主 高橋氏
廃城年 天正14年(1586)
遺構 曲輪、土塁、堀切
住所 福岡県太宰府市観世音寺
問い合わせ先 太宰府市文化財課
問い合わせ先電話番号 092-921-2121