【独自視点(天守台)×城】城びと編
石垣の残っている天守台の3編目。百・続百名城では沢山残っている天守台、それ以外の城跡で残っていたのは私が行った中では7城ありました。なるべく遺構のある城跡を行ってますが、登城7/134城でその率約5%とさらにぐぐっと減ります。
戦国時代以前の城跡には主郭の隅櫓土塁跡は沢山ありました。また主郭部分が石垣で取巻いていていたであろう遺構も沢山ありましたが、天守+石垣天守台というのが信長やごく一部の大名が始まりだったことがよくわかった。
五十音順
①大溝城(滋賀県高島市)・・・織田信澄の居城。隅角部の算木積みが未発達ではあるが独立天守だったのだろうか、存在感と趣があっていい。
②小浜城(福井県小浜市)・・・近世城郭、京極高次の築城。本丸石垣の北西隅にあり天守は層塔型複合連結式であった。
③加納城(岐阜県岐阜市)・・・天下普請によって築城。もうひとつの岐阜城と呼ばれた。北西隅部が天守だったよう。
④鹿野城(鳥取県鳥取市)・・・築城年は不明、天守は亀井茲矩が築城。城の背後の山を鷲峰山(じゅぶせん)と呼び、山頂に天守台が残る。オランダ櫓等の風変わりな名付けをするので、きっと天守も風変わりだったろうか。
⑤周山城(京都府京都市)・・・1579年明智光秀の築城。主郭南端中心部にわずかに天守台石垣遺構が残る。
⑥八木城(兵庫県養父市)・・・築城は1585年以降秀吉に但馬八木城1万5千石をあたえられた別所重宗か。天守台は東西に伸びた主郭部の西隅にある。主郭南東部の櫓台石垣には算木積みが見られる。
⑦淀城(京都府京都市)・・・・1628年築城、約8間?×7間半の巨大天守台。本丸跡の南東隅にあり。伏見城天守を設置する予定が、急遽変更し小ぶりの二条城天守が設置されることに。四隅に2重櫓を設置して多聞櫓で繋げたそう。天守1階部分は日当たりなしだろうなあ。
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