織田軍の対する毛利方の城で境目七城のひとつで、天正10年の攻防では加藤清正が一番乗りの功名をたて、敵方の竹井将監を討ち取っています。
足守陣屋から徒歩で登城しました。15分くらいで標識のある登城口まで行きことができます。登城路は整備されていて大手門跡、三の丸跡、二の丸跡の標柱を見ながら主郭まで行けます。主郭西側に3条の竪堀がありますが、少し藪になっていて見づらい状況でした。
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2025/12/20 05:58
2025/12/20 05:49
宮路山城 (2025/12/18 訪問)
冠山城から徒歩約15分の場所にある足守陣屋の裏にある山城で、城びとには未登録の城址です。
毛利氏の織田氏に対する防衛ライン境目七城のひとつで、備中高松城の攻防戦のときには乃美元信が守備していたと伝わっています。冠山城が落城した後、降伏し開城しました。
整備された登城路はないようなので、ネットなどの情報を元に足守陣屋跡から西の池の横を通るルートで切通を経由して登城しました。ただ倒竹等で道が塞がれている場所があり藪漕ぎをしながら迂回したり、道が途中で分かりにくい場所があったりと少し苦労しました。切通からは東側にある尾根を上がって行きます。直登になりますが、踏み跡がありときにピンクリボンもあり迷うことなく城の入口の目安であるお地蔵さんまで行くことができました。切通から10分くらいで行けました。お地蔵さんを過ぎるとすぐに二重の堀切があります。宮路山山頂に曲輪を展開し、各尾根を多重の堀切で遮断した縄張りで一部の斜面は畝状竪堀で防御しています。二重堀切、三重堀切、畝状竪堀などが明確に遺っていました。落ち葉が堆積していて前日に雨が降ったこともあり滑りやすかったので散策に少し苦労しましたが、遺構がすばらしく楽しい時間を過ごせました。
下山したときは降りる尾根を間違えたようで、行きとは違う場所に出てしまいました。
境目七城の中では本格的な山城です。城郭放浪記さんの縄張り図を参考に散策しました。
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2025/12/20 05:12
2023/11/17 09:35
加藤清正一番槍が伝わる冠山城 (2023/10/07 訪問)
備中高松城攻め(水攻め)前哨戦での合戦が伝わる冠山城、加藤清正の一番乗り功名話も本丸の「冠山合戦を偲ぶ」掲示板に記されてる。
駐車場:冠山城東麓の足守コミュニティハウスを利用、トイレ無
参考資料:グーグルマップ、余湖図コレクションさん、城郭放浪記さん、城びと投稿による。
3泊4日因幡、出雲、備後、安芸北部を終えて3日目の午後に造山城/造山古墳、亀山城、高松城を終えて、総社駅前のホテルに泊まり夕食は周辺の寿司屋さんで大将と女将との喋りと寿司に肴・日本酒で楽しく過ごしました。
4日目の朝より備中、備前未踏の城廻3城目(1城目造山城、2城目亀山城)に当たる冠山城を初登城。
前日確認していた足守コミュニティハウスの駐車場を利用して、確認済みの東側登城口より入城、集落の道を登り、大手門跡の看板、脇に竹やぶ内に窪みが在る、三の丸看板、二の丸看板を経て本丸切岸沿いの登城階段を登り虎口、本丸内部に進入、内部には立派な「冠山合戦戦死将兵慰霊碑」、供養五輪塔、冠山合戦を偲ぶ看板、看板には合戦の情報と「加藤清正一番乗り功名話」も載ってる。
冠山城は本丸を中心に下段を帯曲輪が囲み、二の丸、三の丸と東側に多段曲輪の構えの様です、しかし遊歩道は問題ありませんが、他の個所は竹藪、倒竹で入り込めず、眺めるだけ。
足守コミュニティハウスへの進入路の交差点に国指定重要文化財の葦守八幡神社鳥居が有ります、この鳥居は安芸の宮島の鳥居と同様な、神明鳥居の基部に稚児柱を伴う両部鳥居で石鳥居のこの形式のものは珍しいとの事です。ここが一の鳥居で約500m程北奥に葦守八幡神社が鎮座しています。
この後は4城目早島陣屋へ向かいます。
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| 分類・構造 | 丘城 |
|---|---|
| 築城主 | 河津氏明?、守福寺某? |
| 築城年 | 鎌倉時代前期? |
| 主な城主 | 林重真 |
| 遺構 | 曲輪、土塁 |
| 再建造物 | 碑、説明板 |
| 住所 | 岡山県岡山市北区下足守 |
| 問い合わせ先 | 岡山市企画局情報企画課 |
| 問い合わせ先電話番号 | 086-803-1047 |