新府駅での電車の待ち時間に、【武田姫の墓】のある恩昌寺を訪ねました。
由緒記には「開基武田勝頼公息女、天正九年開闢」と。
天正九年といえば新府城築城・移転の年。(つまり滅亡前年。)
勝頼公息女とは長女の紅映林葉大姉のことで、同じ年に三女が武田典厩信豊の嫡男と婚姻関係を結んでいます。(小山田信茂も絡まっている。)※参考文献はマイバイブル『武田氏滅亡』平山優著。
…この年の武田家の動きから、姫たちについて、もういろいろな想像が脳内を駆け巡っています。7児の父、勝頼公の優しさと無念さを織り込んだ私の妄想物語を聞いてほしい‼︎…けど、まだ無理だなぁ。好きなことを語り合える日はいつ来るのか。。。
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