平成27年5月駿河、伊豆城廻りのサブ目的世界遺産登録直前の韮山反射炉を初めて探訪しました、世界遺産と言う事で一躍脚光を浴び大勢の人出で賑わっていました明治の偉人は数多くいますが幕末期伊豆の代官で日本国防の構想を練り幕府を動かし大砲を造るための溶鉱炉である反射炉を企画し兵器工場を設置、且つお台場等の洋式砲台の設置、洋式訓練を施した農兵制度など海防政策の進言推進と大活躍の江川太郎左衛門英龍は幕末の偉人の一人注目有ってしかるべき。
反射炉が残ってるの韮山だけか?鹿児島、佐賀、鳥取など跡として残ってるだけ、韮山は反射炉、水車を使った切削工場、仕上げ工場、型工場と製砲工場がシステム的に運営されてたようです。
江川英龍は完成を見る事無く亡くなりますが息子の英敏が継承し完成させる、国難に対する思いと幕末の切羽詰まった思いを感じる場所でもあり今に通ずるかも、息吹を感じて下さい。
入口に江川太郎左衛門英龍公号担庵の像が凛々しく立ってます。
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