まつたけじょう

松嶽城

広島県東広島市

別名 : 松ヶ嶽城、入野松嶽城
旧国名 : 安芸

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①堀切
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昌官忠

(中国地方と兵庫県)遠征18日目:松ヶ嶽城 (2026/05/28 訪問)

白山城から車で20分ちょっとで、竹林寺参拝者駐車場(34.458987、132.876533)に着きました。

1256年(建長8年・康元元年)大多和季盛によって築かれたと云われています。
大多和氏は季盛、為盛、八郎太郎入道と三代続きましたが、1353年(正平8年・文和2年)大多和八郎太郎入道は北朝方に敗れて自刃しました。
この功によって1354年(文和3年・正平9年)平賀遠江兵衛蔵人貞宗に安芸国入野郷(大多和八郎入道、小池大輔芳等の跡)を恩賞として足利尊氏より宛がわれています。
1395年(応永2年)平賀真宗の次男次郎時宗が入野郷地頭となり、松ヶ嶽城を居城として入野氏の祖となりました。
入野氏はその後、加賀守宗継、宮内少輔宗政、出羽守宗永、左衛門大夫保継と続きます。
1518年(永正15年)入野保継は惣領家を離れて小早川氏に従おうとし、平賀弘保・興貞父子に攻められ松ヶ嶽城で自刃しました。弘保は次男民部少輔貞景を入野氏の後継としています。

山頂近くの竹林寺まで車道が付いており、近くまで車で登ることができます。
城跡へは竹林寺の仁王門前から道標が出ており、それに従って降って行けばたどり着きます。
曲輪内は雑木林で歩くのに苦労しますが、中央付近にある石組井戸までは歩きやすくなっています。
攻城時間は45分くらいでした。次の攻城先=木村城に向かいました。

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赤い城

久しぶりの再訪 (2024/12/08 訪問)

頭崎城で費やすはずの時間が空いてしまったので最寄りの松嶽城へ行くことにしました。
4年半ぶりの再訪です。

竹林寺を目指し細い山道を登っていきます。第二駐車場の先をさらに登ると駐車場があります。
ここから先は徒歩、竹林寺へ下っていきます。
少し歩くと仁王門、ここから少しだけ下ると説明板があり、ここが登城口です。
登城といってもここから登りません。

梵字岩や登城路から下に落ちる竪堀、土塁や横堀を見ながら進みます。
土橋を渡ると本丸、ここは登ります。

本丸はやや藪、二の丸、三の丸と三段の郭が連なります。
本丸と二の丸の間に石積が残る井戸もあります。
ここまでは前回も見学していたので再確認できました。
一旦下りて南曲輪方面に。
南曲輪と三の丸の間は堀切状の動線でしょうか。
三の丸方面を見上げると石積が確認できます。
やはり切岸を登ってしまいました。

南北朝時代の古い城のようですが遺構も良好で歩きやすい城でした。
夏は藪かも・・・

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織田晃司

まつたけ食べたい… (2022/04/30 訪問)

一番上の竹林寺参拝者駐車場に車を停め竹林寺へ。
下ること約10分で主郭に到着。

土橋と井戸跡が見どころ。
石積は発見できず…

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しーげ

道がない? (2020/02/15 訪問)

麓まで車で行き、徒歩で登城することにしました。山が荒れており、途中から登山道が分からなくなりました。うね伝いに歩き、南曲輪にたどり着きました。そこから、いったん、竹林寺に行き、本丸へ。井戸の跡を見た後、土塁石積を見ました。その後、道なき道を下山。自動車で竹林寺に行き、お城に行く方が良いと思いました。

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城郭情報

分類・構造 山城
築城主 大多和季盛
築城年 康元元年〔南朝〕/建長8年〔北朝〕(1256)
主な城主 大多和氏、入野(平賀)氏
遺構 曲輪、石垣、土塁、堀切
再建造物 説明板
住所 広島県東広島市河内町入野
問い合わせ先 広島県教育委員会文化財課
問い合わせ先電話番号 082-513-5021