平成27年1月中旬、袋井市浅羽の馬伏塚城を終えて北方約6km東名高速道沿いの久野城を訪ねる、久野城は浜松に住み始めて東名を通る度に久野城の大看板が目に付き50年前に東名の細い側道を不安げに訪ねたのが初登城でした、当時は駐車場は無く北堀切の道に路駐し探訪しました、発掘調査も行って無く南の丸、大手筋の復元も無く北を除く周囲は田圃、湿田状態でした。
今回は袋井市歴史文化館で企画展「袋井の城・館・陣屋ー武士の住まいを訪ねて&加藤理文先生のお城グッズ」が有り見学と資料入手し先に馬伏塚城を探訪し久野城に回った次第、久野城には何回か来てますが投稿は初めてです。
歴史的には久野氏の築城で今川氏に仕え義元が倒れた後徳田氏に仕える小田原征伐後徳川氏関東移封に従い関東へ、その後東海を秀吉配下の武将で固め秀吉若き日奉公先の松下氏が城主と成る江戸期の初め石垣を築いた咎で移封され又久野氏が城主に返り咲き。
松下氏も田中氏の岡崎城、池田氏の吉田城、山内氏の掛川城、中村氏の駿府城と石垣造りの周りの城郭を見てるとさぞ石垣で築きたかったのでしょう、でも今残ってる土の城も織豊系の縄張りを感じます、石高が少なかったのでしょうか?石の調達先の苦心か?
でも立派な縄張りを持ち周囲は濠で固め水田、湿田でさらに防ぎ水を張れば容易には攻められません。
ルートは東名高速道袋井ICを降り高速道を潜り直ぐ右東へ県道袋井春野線を渡り直ぐ北方向へ袋井市民病院を過ぎた辺りから工業団地の周辺道を東へ沿っていくと東名道路と田圃に囲まれこんもりした城跡が目に入る、北側の通りに駐車場と案内板、資料箱(今回は品切れでしたが)が有ります、遊歩道と案内板が有り探訪しやすく成ってます。
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