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いんげん丸虫

国史跡 (2020/11/22 訪問)

村雨城からは1分で行けます。20×40mの規模で3方が土塁で囲まれてます。虎口は北西にあり、その屈曲が見所なのですが、残念ながら藪で不明瞭でした。
すぐ東にある大谷池では釣りびとが楽しんでる様子でした。

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カズサン

赤穂浅野家分家気に成りチョイ寄り (2020/11/28 訪問)

 肥前朝日山城で九州未踏の城廻りは終了、帰りの長い道中故郷鳥取が気に成り今年は武漢コロナウイルス禍で帰省が出来ず龍野辺りから佐用に抜け無料鳥取道経由で鳥取へ進路変更、鳥栖ICから九州道中国道山陽道、備前SAで車中泊し龍野西ICより国道2号線を西へ気に成ってた西播磨の城を探訪。
 最初は若狭野陣屋を初登城、今回の城廻り通算で29城目。ナビは兵庫県相生市若狭野町若狭野788陣屋跡の法界庵に合わせて国道二号線より北側矢野川を渡り突き当りが目的の若狭野陣屋法界庵跡、車は周辺のギリギリ駐車エリアに一時駐車。
 法界庵跡周辺を観察し庵と土塀、石垣、地域は矢野川より北に登ってる地形、田圃畑が曲輪の様に雛壇形状、奥の須賀神社は眺めるだけで終了。
 歴史は赤穂浅野家初代浅野長直の養子大石長恒(浅野長恒)が寛文11年(1671年)赤穂浅野分家を起こす事に始まる、旗本3000石で若狭野に陣屋を構える。案内板より抜粋

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Mt.stone

甲府城 (2020/12/15 訪問)

甲府城のすぐ隣り、城のホテルに一泊。最上階に大浴場と露天風呂あり。眺望あればなお良い。コロナ対策の朝食含めてリピートありかも。ただ、駐車料金一泊千円は高いかな。
空気がキンとしている朝の散策はサイコーです。清掃ボランティアの方、犬の散歩の方、おはようの挨拶があったかい。

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カニカニ

所用にかこつけた城巡り 5城目 (2020/11/14 訪問)

1602年(慶長7年)、近世になって、縄張り・築城された総石垣の山城。

二年前の6月、佐伯文化会館駐車場まで来たのだが、某有名アーチストのコンサートと重なり、
満車で入れず、泣く泣く引き返した因縁の場所。

歴史資料館で頂いたパンフによると四か所ほど登城ルートがある。
三の丸櫓門をくぐり登城の道を登る。 やや九十九折れ的な箇所もあるが、ほぼ直登である。
石垣が見え始めたところで翠明の道へ至る分かれ道になるが、そのまま登城の道を行く。
坂とは言えないほどの道だが、ところどころが石畳になっており、滑ってかえって歩きにくい。

近世山城では珍しいという石造りの堀切と廊下橋が、二の丸と本丸の間を隔てている。
二の丸と西出丸の間は屈曲した虎口で、渡り櫓があったというがどんな配置だったのだろう?
石垣すべてを覆う大きさなら、あたかも姫路城の ”にの門” みたいになってしまいそうだ。
西出丸先端には二重櫓の台跡と太平洋戦争中の砲台(機関砲?)跡が残されていた。
時代を隔てた異なる戦争の備えの痕跡がともに今もなお残っているという事は、それだけこの場所が
佐伯の街を護る重要拠点だったという事ですね。 二重櫓の台跡が破壊されなくて良かった。
堀切の下をくぐった先の北出丸には喰い違い虎口が控え、その先にも二重櫓跡が。
水の手(雄池、雌池)へ下りる虎口は、若宮の道というルートらしいが今回はパス。

本丸外曲輪の北側は四段ほどのハバキ石垣になっている。
(ハバキ石垣という語を、この一連の投稿のために調べていて初めて知った。 勉強になります。)
本丸へ登るまっすぐな階段は無視。   外曲輪をグルッと廻ると本丸石垣に沖縄のグスクのように
隅角が丸くなっている箇所があり、しかも天端がオーバーハングしている。
積み直ししているようだが、なぜここだけこんな様相をしているのだろう?

本来廊下橋を渡るしか本丸には入れない縄張りで、その廊下橋の通路に大きな樹が生えて
石垣を痛めているのが気にかかる。
本丸からは北出丸の食い違い虎口や登城道を、しっかりと監視できている。

本丸外曲輪の虎口は平虎口ではあるが、石畳となっているうえに坂虎口となっており、
滑りやすく、上り下りがやりにくい。   雨で濡れていれば、より一層であろう。
使われている石の種類にもよるのだろうが、石畳が護りに効果があることを初めて知った。
この佐伯城はかなりの箇所に石畳を多用している珍しい城だと思う。

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前ちゃん

雪には勝てません (2020/12/15 訪問)

広島市内に泊まり、翌朝JR可部駅→広島電鉄バス(吉田病院)→安芸高田市歴史民俗博物館(徒歩)へ

電車に乗ってる頃から、チラホラと雪が。現地に到着すると山が雪化粧をまとっているので登城を断念。名城スタンプを押し、館内を見学して帰路へ

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ふゆづき

朝日に映える漆喰 (2020/12/11 訪問)

世界遺産の日は入城が無料と聞いたので、朝一番で姫路城に行ってみました。
平日でコロナのせいか、開門前に並んでいる人は40人くらいでした。
訪問した際は人気のある天守には行かず、外から櫓や塀を中心に撮影しましたが、未だ人が少ないためゆっくりと見ることができました。
朝の凜とした空気の那珂で朝日に映える漆喰の白さが印象的でした。
仕事の関係で駆け足でまわり、天守抜きで1時間程度の攻城時間でした。

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昌官忠

クラブツーリズム群馬県に残る真田氏ゆかりの城日帰りツアー① (2018/08/25 訪問)

「クラブツーリズム群馬県に残る真田氏ゆかりの城日帰りツアー」1城目は岩櫃城です。
続100名城スタンプは「平沢登山口観光案内所」で押しました。

岩櫃城は真田幸隆、真田昌幸が城主をつとめた城として知られています。織田信長による甲州征伐の際、昌幸は武田勝頼に新府城からこの城に逃れるよう勧めたものの、勝頼が小山田信茂の岩殿城へ逃げることを選んだため武田氏は滅亡しました。

竪堀を駆使した城です。本丸には南北両側に1か所ずつの虎口があり、南側の虎口には格式を示す門があったようです。攻城時間は90分くらいでした。

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todo94

陣屋は初攻城 (2020/11/15 訪問)

前日に鬼滅の刃ラッピングの白いかもめで諫早入り。朝駆けで6年ぶりに高城を攻略いたしました。10時過ぎには無事、陣屋の庭園にも入ることができました。高城神社にある西郷井戸もチェックすることができました。

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Toshiaki

実績 (2019/04/29 訪問)

国宝

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にのまる

計画性がない。 (2020/10/16 訪問)

 八雲神社にも織姫神社にも、足利学校にすら行けませんでした。金山城で時間を使いすぎました。

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ほーり

普通に入れる! (2020/12/13 訪問)

東京に住んでいたけど、普通に入れることを知らなかった。
大手門の入り口にアルコール消毒が置いてあり、体温計測と荷物検査があった。
巨石の石垣に圧倒される。
特に天守台はすごい。
また、大手門を入ってすぐに三の丸尚蔵館があり、展示が楽しめる。
本丸休憩所に江戸城の模型の展示をしていた。
やはり、江戸幕藩体制のために徳川家康が立てた城だと思う。

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キンヤ

日光川ウォーターパーク水郷の直ぐ横にある城跡 (2020/12/13 訪問)

小牧・長久手の戦いの前哨戦である蟹江合戦の時、城主の山口重政は母を人質に取られながらも徳川方に味方し、秀吉方の敵を撃破したと云われます。

低い土地にありますので、遺構は震災や水害で失われたことが想像されますが、道路に分かり易い標識があり、立派な石碑もあり、ありがたいです。

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姫街道

見所満載!石垣のある山城 (2020/12/12 訪問)

西三河の最北にある城の一つ。高速道路のどのICから行っても結構距離があるが、主要部には石垣が詰まれ、3段に帯曲輪や、広い居館跡が残る。そんな中で特に注目は竪堀郡だ。「ここで止めぞ!」と言う迫力が伝わってくる。石垣は、長篠の合戦以降、戦国末期だと書かれていたが、この奥三河で鉄砲を意識した築城が必要だった事が驚きだ。
樹木は適切に伐採され、城全体的が秋桜と紅葉に包まれている美しい城だ。

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姫街道

矢作川を見下ろす川口城 (2020/12/12 訪問)

登山道入口に天神社があり、その裏手に登城道がついている。比高は40mでかなりの急斜面だが、階段が付いているので一気に登れる。山の頂上を削って主曲輪とし、ぐるっと腰曲輪が回っているシンプルな作りに、勝頼がこの城を落とした名残りだろうか堀切が腰曲輪に二条入っている。地図で見ると、眼下を流れる矢作川が蛇行している位置で、支流の合流地点でもある。立地的、縄張り的にも古い城ではないかと感じるが、築城は室町時代のようだ。

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朝田 辰兵衛

福岡空港での乗り継ぎの合間に… (2020/12/02 訪問)

福岡空港での乗り継ぎに数時間のインターバルがあったので,福岡地下鉄空港線沿いに手ごろなところを探したところ,ここにたどり着きました。
姪浜駅から徒歩約25分で生の松原地区に到着。向浜地区と脇地区を散策していると時間的にリスキーだったので,このエリアだけにとどめました。
「ほぉ~,こういう構造か」と,実物を見て納得した次第です…<笑>。

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姫街道

感動!驚きの城 (2020/12/12 訪問)

この城は位置も名前も資料によってまちまちなので、まずは「城山城そのまま公園」に向かう。案内も全く無い。たまたま会った地元の詳しい方に案内してもらった。写真に掲載するが、「駐車場の裏手の坂を上がってる途中、左手に伸びる山道を行く」
この城は名前が松平城山城、城山城、大田城など、定かでないにも関わらず遺構と城の規模は三河では山中城に匹敵、露岩の迫力は大給城を凌駕すると感じる。何でこれだけの巨石が山頂にそびえているのか実に不思議だ。プレートの隆起と洗掘だけでは説明がつかない。縄張りは、登城して露岩を抜けてからが本番で、連続堀切など武田方を思い出させるような遺構もある。整備も荒れているわけでもなく適当だ。

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姫街道

露岩群を攻守に活用した城 (2020/12/12 訪問)

大給松平氏の城。何となく華やか感じの三河奥殿陣屋に行った後でもあり、露岩群を見て大給松平氏へのイメージが一変、驚いた。神々しさすら感じられるが、主曲輪以外の露岩群はロッククライミングの聖地となっているようで巨石毎に若者のグループがいて賑わっていた。勿論、城の作りは露岩を取り込んだ作りとなっていて、攻める側としたら、こんなに攻めにくい城もなかなか無いのでは無かろうかと思った。さらには主郭虎口の石垣は見事だ。内側にも石垣が積まれ、鉄砲での戦いに備えた作りは迫力満点だ。

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いんげん丸虫

国史跡 (2020/11/22 訪問)

甲賀市独特の方形土塁で本城、支城の城跡です。
築城者、城主は不明です。2〜4mの土塁で囲まれ、西側に副郭があります。

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姫街道

国指定松平氏館跡 (2020/12/12 訪問)

松平郷松平家が大正末期まで在住したとある。つい最近まで、ここに御屋敷があった事は驚きだ。石垣や濠などは今でも残されており、貴重な遺構だ。松平城には「日頃は松平郷に住んでいて、いざ戦いになると城にこもった」とある。ただ、松平城からは少し離れており、この距離感には正直疑問も感じる。「産湯井戸」など、家康公にちなんだ遺構もある。葵の御紋が様々な箇所に刻まれており、神聖な地である事が伝わってくる。

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姫街道

松平親氏築城の松平城 (2020/12/12 訪問)

松平の祖親氏築城。松平城の北側へ下った谷部に「竹の入」の地名が残っており、僕はここに居館があったのではと言う説に頷けます。さて、城は松平氏館跡と共に国指定を受けており、程よく樹木の伐採や整備が出来ている。主曲輪、曲輪2〜4と、櫓台があり、いたってシンプルな城だ。主曲輪からだいぶ下がった位置に横堀が巻くが、私の好きな主曲輪周りの帯曲輪は見当たらないため、主曲輪の山だけ独立的に見える。ところで、この城周辺の一般民家はまるでお城のような立派な家が点在しており、松平郷の雰囲気を形成している。

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